サイトアイコン ニッポン旅マガジン

千葉県酪農のさと

千葉県酪農のさと

千葉県南房総市大井にある千葉県酪農のさとは、「日本酪農発祥の地」に整備された牧場。3.5haの敷地に広大な芝生広場やヤギの放牧地、散策路や水遊びが楽しめる親水公園が配されています。「日本酪農発祥の地」とされるのは、江戸時代、徳川吉宗の命で白牛を飼育し、乳製品を製造したから。

今も数頭の白牛(ゼブー種)を飼育

南房総(安房国)には、古くは平安時代から、官営の牧で馬を放し飼いにし、朝廷へと納めていましたが(平安時代編纂の『延喜式』に記載)、戦国時代には嶺岡一帯(嶺岡牧・みねおかまき)は安房国守の里見氏の氏牧(牧場)となり軍馬の生産が行なわれていました。

江戸時代には嶺岡牧は徳川幕府の直轄になり、水と牧草に恵まれたことから享保の改革の一環で嶺岡牧の再興に取り組み、最盛期の寛政9年(1797年)には野馬土手で囲んだ1750haという広大な土地に700頭もの馬が放牧されていました。

徳川幕府の直轄牧は4ヶ所ありましたが、千葉県には、嶺岡牧の他に、下総国・小金牧(現・東葛地域)と下総国・佐倉牧(現・印旛地域)があり、幕府の軍馬生産を担っていました(残りは駿河国・愛鷹牧=現・静岡県の愛鷹山)。

享保13年(1728年)に、8代将軍・徳川吉宗が、外国産馬に伴いインドから白牛(乳牛)3頭を輸入し、嶺岡牧で飼育、乳製品「白牛酪」を製造しています。

白牛は増殖に成功し、寛政4年(1792年)には70頭に達しています。
製造された「白牛酪」は、白牛のミルクに黍砂糖(きびざとう)を入れ、煮詰めて石鹸くらいの固さにしたもので、疲労回復、解熱などの良薬とされていました。
寛政8年(1796年)には、日本橋「玉屋」から「白牛酪」が発売され、江戸庶民も購入できる薬になったのです。
このことから「日本酪農発祥の地」として、千葉県の史跡に指定。

千葉県酪農のさと敷地内には「酪農資料館」も建てられ、酪農の歴史、牛と農家共存の姿、乳牛の生態を学ぶことができます。

ちなみに白牛(コブウシ)は現在も飼育され(現在はアメリカ産ゼブー種)、長く垂れた耳、ラクダのようなコブ、白い毛色の牛は、日本ではここでしか飼育されない珍しい牛で、酪農のさとの人気者になっています。

南房総には、出荷することができない初乳を固めた「チッコカタメターノ」(「乳っこ固めたもの」)と呼ばれる食材がありますが、これも酪農の歴史を今に伝える食文化です。

千葉県酪農のさと
名称 千葉県酪農のさと/ちばけんらくのうのさと
所在地 千葉県南房総市大井686
関連HP 千葉県酪農のさと公式ホームページ
電車・バスで JR安房鴨川駅からタクシーで20分
ドライブで 富津館山道路鋸南富山ICから約17km
駐車場 110台/無料
問い合わせ 千葉県酪農のさと TEL:0470-46-8181/FAX:0470-46-8182
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

酪農資料館

千葉県南房総市にある「千葉県酪農のさと」内にあり、酪農歴史や牧場、乳文化を解説紹介する資料館が、酪農資料館。展示室は3つにわかれ、世界の酪農史や乳製品を作る道具を紹介する第1展示室、乳牛と牧場に関する展示を行う第2展示室、日本の酪農と、千葉

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

モバイルバージョンを終了