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華厳寺

華厳寺

『谷汲山根元由来記』によれば、延暦17年(798年)に豊然(ぶねん)上人が開創し、天慶7年(944年)、朱雀天皇が鎮護国家の勅願寺としたのが岐阜県揖斐川町の華厳寺(けごんじ)。地元中京圏では谷汲山(たにぐみさん)という山号で知られ、春の桜、秋の紅葉の名所に。西国三十三所の第33番、つまりは満願霊場となっています。

本尊の十一面観音像は秘仏で通常は非公開

山門に満願の文字が!
本堂(観音堂)へと続く石段
前立本尊(特別公開時)

寺伝によれば、延暦20年(801年)、桓武天皇の勅願寺となり、延喜17年(917年)、谷汲山華厳寺という山号・寺号を醍醐天皇より賜りました。
「谷汲山」という山号は、谷あいから石油が湧き出し、灯明の油にには困らなかったことに由来するのだとか。

花山法皇が参詣し、西国三十三所の満願霊場に定め(花山法皇の時代には三室戸寺が結願寺だったとする史料『寺門高僧記』もあります)、平安時代の終わりには後白河法皇も巡幸しています。
中世には、建武の新政の戦乱で堂宇を焼失していますが、文明11年(1479年)に再興。

本尊は平安時代の作と伝わる十一面観音像ですが、秘仏で通常は非公開。
本尊を護る毘沙門天立像も平安時代の作で国の重要文化財。

明治12年再建の本堂の内陣地下には長野の善光寺と同様に暗闇を巡る「お戒壇めぐり」が用意されています。

新緑の参道
山寺なので歩きやすい格好で参詣を

観桜シーズン、紅葉シーズンには混雑

満願堂
本堂向拝にかかる青銅の鯉

境内には、西国三十三所巡礼の満願を果たした巡礼者が笈摺(おいずる)を脱いで納める笈摺堂があり、本堂向拝の左右の柱にかかる青銅の鯉に触れて精進落とし(しょうじんおとし)とする習わしがあります。

西国三十三番の結願札所として花山法皇が詠まれた3首の御詠歌(そのうち現在を意味する「世を照らす」は三井寺の僧・覚忠の作とも)にちなんで、本堂(観音堂)、満願堂、笈摺堂と3つ御朱印を用意。
本堂(観音堂)・満願堂、笈摺堂は、それぞれ現世・過去世・未来世を意味するのだとか。

土・日曜、祝日、さらには観桜シーズン、紅葉シーズンには駐車場を先頭に渋滞が生じることもあるので、時間には余裕を持って参拝を。

那智山青岸渡寺(那智勝浦町)を一番とする西国三十三所の33番が華厳寺。関西一円に広がる西国三十三所ですが岐阜県ではこの華厳寺が唯一で、最東端にあたる札所になっています。
精進落としの鯉は、西国三十三所巡礼者が一周の最後に触れて俗界に戻るためのもの。

桜のトンネルとなる春の参道
秋の紅葉も多くの人出を集めます
西国三十三所結願の札所(満願霊場)
那智山青岸渡寺(那智勝浦町)を一番とする西国三十三所の33番が華厳寺。
関西一円に広がる西国三十三所ですが岐阜県では(近畿以外では)この華厳寺が唯一で、最東端にあたる札所になっています。
精進落としの鯉は、西国三十三所巡礼者が一周の最後に触れて俗界に戻るためのもの。

西国三十三所霊場間の距離・時間

32番・繖山観音正寺(滋賀県近江八幡市安土町石寺2) — (80km/2時間20分) — 33番・谷汲山華厳寺(岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積23)
※距離と時間はルートや交通状況により変動するため、およその目安です

華厳寺
名称 華厳寺/けごんじ
所在地 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積23
関連HP 華厳寺公式ホームページ
電車・バスで 樽見鉄道谷汲口駅から名阪近鉄バス谷汲山行きで8分、終点下車
ドライブで 名神高速道路大垣ICから約30km
駐車場 町営駐車場(700台/無料、日曜、祝日、紅葉シーズン、年末年始は有料)
問い合わせ 華厳寺 TEL:0585-55-2033
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

揖斐駅

2022年9月9日

谷汲口駅

2022年3月10日

谷汲駅跡

2022年3月9日

観音正寺

2018年6月18日

 

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