新田次郎『強力伝』で知られる白馬山頂の巨大な風景指示盤が崩壊の危機に!

白馬岳・風景指示盤

新田次郎の山岳小説『強力伝』は、昭和16年8月に、強力(ごうりき=山小屋に資材を担いで登る歩荷)・小宮山正が、重さ50貫(187kg)もの花崗岩製の風景指示盤を白馬山頂まで担ぎ上げたという実話に基づいた小説。高さ1.6m、幅1.1mという巨大な風景指示盤は崩落の危機に瀕しています。

信州側の侵食、崩壊が進み、崩落の危機が迫る!

白馬岳・風景指示盤

「小宮は重大な感覚におびえた。死というものがいきなり飛び込んできた局面に、足を張って踏みこたえようとした」(新田次郎『強力伝』)。

読売新聞社が寄贈した風景指示盤ですが、どう設置するかが難問で、白羽の矢が立ったのが小宮山正。
ヘリコプターでの荷揚げのなかった時代、背負子(しょいこ)に荷を積み、険しい山道を山小屋に物資を定期的に担ぎ上げるのが歩荷の役割でした。
実際に強力・小宮山正が担ぎ上げた巨岩はひとつでなく、ふたつ。
あまりの重さに、足が地面にのめり込むほどだったとか。
文末に「作中の風景指示盤は白馬岳山頂に現存する」と記されているとおり、今も白馬岳山頂にありますが、往時ほど、その存在を目当てに訪れる登山者はいないのだとか。

設置されたのが昭和16年。
80年以上も厳しい北アルプスの稜線に置かれていたことになりますが、白馬岳の山頂は長野県側は断崖。
台座の30cmほどまで侵食と崩壊が進み、風景指示盤崩落の危機が迫りつつあるのです。

白馬山荘の運営会社「白馬館」と白馬村は、10mほど西に移動させたい意向ですが、所有者が判然とせず、数千万円と目される費用や方法の問題もあってまだ具体化していません。
国立公園の特別保護区なので、環境省、さらには土地所有者の林野庁、白馬連山高山植物帯という特別天然記念物にも指定されているため、文部科学省の許可も必要で、移設までにはまだ時間がかかりそうです。
それでも待ったなしの崩壊進展。

ちなみに、金時山の「金時茶屋」看板娘の小宮山妙子は、小宮山正の娘。
親子2代の歩荷でした。

白馬岳・風景指示盤
新田次郎『強力伝』で知られる白馬山頂の巨大な風景指示盤が崩壊の危機に!
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