全国を取材すると、難読地名はもちろんのこと、かなり奇抜な地名を見かけることも。取材班が選んだ珍地名のパート3は、北海道の十勝地方の白人小学校。そして京都府の天使突抜。白人というのはアイヌ語由来という北海道らしい地名ですが、かつては「白人市場」も営業していました。
(5)白人小学校|北海道
かつての「白人村」で、白人市場があった時代も!
白人小学校/北海道中川郡幕別町札内青葉町
幕別町立白人小学校、白人公園、白人川、白人神社、そして以前にはなんと!白人市場まであったという幕別町。
取材班が国道38号を帯広市街に移動中、白人市場の看板を見つけたときの驚きといったら、まさに驚天動地の心境でした。
幕別町は帯広市近郊の町で、パークゴルフ発祥の地として道内では知られています。
そんな幕別町にある白人地区。
幕末には中川郡白人村、明治39年の町村合併で幕別村大字白人村となり、町制施行後も字名として残されたという開拓以来の地名です。
昭和19年に行政的な地名として「白人」は消えましたが、学校や公園などに白人という名が残されています。
札内青葉町、札内暁町などの現代的な地名に代わっていますが、白人小学校に隣接して白人公園もあるので、十勝に行ったらぜひ確認を。
南側の高台には自家源泉かけ流しの「幕別温泉 パークホテル 悠湯館」もあるので、移動途中の宿泊先にも最適です。
さてさて、この白人は北海道を代表する難読地名。
白人と書いて「ちろっと」と読みます。
「ちろっと」は、チル・オッ・トゥ((cir-ot-to=鳥の・多くいる・沼)というアイヌ語に由来、今も冬には白鳥が訪れる十勝らしいネーミングです。
(6)天使突抜|京都
豊臣秀吉が強引に行なった京の地割に由来する名
天使突抜(てんしつきぬけ)/京都府京都市下京区
京都市街の中心部、下京区にあるのが、天使突抜。
豊臣秀吉の京の都市計画で誕生した、京都人の意地と皮肉を感じさせる地名です。
豊臣秀吉は九州平定後、京に聚楽第(じゅらくだい)を建て、天正14年(1586年)、京の町の活性化のために、上京から下京まで一本大きな通りを造成しようと試みます(天正の地割)。
その道の途中にあったのが由緒ある五條天神社(当初の名前は天使の宮)。
空海が祀ったとも伝わる天津神(あまつかみ=高天原の神)を「お天使さま」と地元で呼び習わしていました。
豊臣秀吉は道を天使の宮境内に無理やり通してしまったために、「お天使さまを突き抜けてまで道をつくった」と京の人は秀吉を揶揄するために天使突抜通と名付けたのです。
京都最古ともいわれる社で、最澄と空海は遣唐使で唐への出発前、この天使の宮に参拝したといい、「由緒正しい社の真ん中に道路を通すなんて」という時の京都人の憤慨がわかるネーミングです。
江戸時代にはすでに天使突抜と称されていたことが古地図からもわかります。
この通り名は失われて東中筋通(ひがしなかすじどおり)という通り名になりましたが、町名として天使突抜の名が残されています。
取材班が選んだ珍地名(3)白人小学校&天使突抜 | |
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