旧居留地の「神戸商船三井ビル」が2027年6月末に閉館

神戸商船三井ビル

兵庫県神戸市中央区にあるレトロな建物が、「神戸商船三井ビル」(商船三井ビルディング)。「旧居留地銀行ビル群、海岸通商業ビル群」の一部として経済産業省の近代化産業遺産にも認定されています。その神戸商船三井ビルが2027年6月末に閉館することが発表され、注目を集めています。

建築当初は海岸に位置していた!

神戸商船三井ビル
建築当時の姿、海岸に建っていたことがわかります

大正11年4月、当時の釜山や上海など大陸への国際航路、別府、沖縄、樺太などへの国内航路を有した大阪商船(現・商船三井)の神戸支店として建設されたビル。
第一次大戦での青島陥落(ちんたおかんらく/大正3年、ドイツ帝国の東アジアの拠点・青島を日本・イギリス連合軍が攻略)に伴って、大阪・神戸〜青島の定期航路を開設、さらに大正4年、サンフランシスコ線、大正5年豪州航路、南米航路、大正7年スマトラ航路と航路を拡大、ついに大正7年には遠くヨーロッパまでのボンベイ・マルセイユ線、ボンベイ・ジェノバ線、ロンドン線を開設、北米航路も充実させ、大阪商船の全盛期を迎えています。

こうした繁栄を背景に、神戸・旧居留地の一等地に建てられたのが「神戸商船三井ビル」(商船三井ビルディング)です。
設計は渡辺節(わたなべせつ)で、構造設計は内藤多仲(ないとうたちゅう)、さらには当時20代だった村野藤吾も加わったという豪華な布陣。
大規模集合オフィスビルの揺籃期(ようらんき)で、資材は大阪商船の船で外国からも運び入れられました。
上層階の四方の壁をテラコッタ製のライオン19頭が取り囲むという外観も豪華な仕様です。

現在においても商船三井の神戸の拠点で、現在に至るまで、ミナト神戸の発展とともに歩んできました。
東京の丸ビル(初代)、大阪市のダイビル(大阪ビルヂング)が失われた現在では、揺籃期の大規模オフィスビルとしては現存する唯一の建物になっています。

ビル内設備の老朽化を理由に2027年6月末までに賃貸借契約を終了することを入居者らに通告しており、閉館となりますが、閉館後にどうなるかは未定とのこと。
店舗以外のエリアは一般には非公開ですが、閉館までの間は1階の店舗利用のみが可能。

旧居留地の「神戸商船三井ビル」が2027年6月末に閉館
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商船三井ビルディング

開港と同時に設置された神戸の外国人居留地は明治32年に日本に返還され、第一次大戦後には貿易や造船ラッシュで好景気に沸き上がります。そんな中、大正11年に大阪商船神戸支店として建築された商船三井ビルディングは、渡辺節の設計によるアメリカンルネ

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