「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」と平安時代中期に権勢をふるった藤原道長(ふじわらのみちなが)の法成寺の境内、東北院の傍ら(現在の荒神口あたり)に創建し、初代の住職は平安の歌人・和泉式部(いずみしきぶ)が務めたという古刹が誠心院。境内には和泉式部の墓も築かれています。
初代の住職は平安の歌人・和泉式部
鎌倉時代に小川通りの一条上ル誓願寺の南に移転し、さらに天正19年(1591年)、豊臣秀吉の寺町整備で現在地に移っています。
その後、新京極通の誕生で山門などの堂宇を失っていますが、新京極通の散策途中に拝観することができます。
境内には江戸時代の二十五菩薩石像が残されているほか、正和2年(1313年)に改修建立された和泉式部の墓所(宝篋印塔)もあり、和泉式部の命日に当たる3月21日には本堂で『和泉式部忌』も執り行なわれています。
謡曲『誓願寺』に「わらわがすみかも他所ならず。あの石塔こそすみかにてさむらへ。あの石塔こそすみかにてさむらへ。不思議やなあの石塔は和泉式部の御墓とこそ聞きつるにそもすみかとは不審なり」と歌われる「御墓」こそが誠心院境内の高さ4mという宝篋印塔なのです。
誠心院の寺伝によれば、和泉式部は愛娘の小式部に先立たれた後、書写山圓教寺の性空上人の元を訪ね、女人往生の術を乞い、性空上人の教えをもとに誓願寺の本堂に籠ります。
六字名号を日々唱えて、浄土へ往生したのだとか。
誠心院 | |
名称 | 誠心院/せいしんいん Seisinin Temple |
所在地 | 京都市中京区新京極通六角下ル中筋町487 |
関連HP | 誠心院公式ホームページ |
電車・バスで | 地下鉄東西線京都市役所前駅、または、阪急河原町駅、京阪三条駅から徒歩10分 |
ドライブで | 名神高速道路京都南ICから約8.6km |
駐車場 | 市営御池地下駐車場(1000台/有料)を利用 |
問い合わせ | 誠心院 TEL:075-221-6331/FAX:075-221-6336 |
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 |
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