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知ってるようで案外知らない! 関東大震災の復興に由来する東京の主要道路 10選 

東京を走る幹線道路のうち、主要な道路は、実は関東大震災後の「帝都復興計画」で誕生したもの。22路線には公募で名称が決められ、そのうちの10本は今も現役で活躍。一部道路名が変更されていますが、幹線第一号・昭和通りは今も昭和通りのままです。

靖国通りはもともと帝都復興幹線第二号「大正通り」だった

帝都復興橋梁・清洲橋の架橋で生まれた幹線第五号・清杉通り

関東大震災の発生まで、東京は江戸時代以来の城下町的な都市構造を引き継いでいました。震災時の大火災や避難困難などの原因となったため、近代的な街路樹を備えた幅員の広い幹線道路として復興道路が計画されたのです。

大正13年に帝都復興の道路として幹線53路線、補助線123路線が計画され、幹線道路のうち22路線については、その名称を東京日日新聞社(毎日新聞の前身)が懸賞募集。
東京を南北に縦断する幹線第一号(三ノ輪町〜品川町)は「昭和通り」、東西に横断する幹線第二号(九段坂下〜亀戸町)は「大正通り」と名付けられました。
「大正通り」は、昭和37年、東京都が靖国神社前を通るということでわかりやすいことから通称道路名を靖国通りに変更しています。

つまりは有名な靖国通りは、帝都復興計画で完成した大正通りが前身というわけで、永代通り、晴海通り、言問通りなど、聞き慣れた通りがこの帝都復興で誕生した幹線道路である場合も多いのです。

関東大震災の復興に由来する東京の主要道路 10選

道路番号愛称
(公募で決定)
現在の名称内容
幹線第一号昭和通り昭和通り三ノ輪から新橋までをつなぐ
東京の新たな南北の軸、幅員44m
幹線第二号大正通り靖国通り東西の軸として整備された道路
幅員36m、戦後、靖国通りと改称
幹線第三号永代橋通り永代通り皇居の大手門と江東区を結ぶ
日本橋を通る幹線道路
幹線第四号歌舞伎通り晴海通り銀座の中央を貫く道路
歌舞伎座の前を通るのが公募名称の由来
幹線第五号清杉通り清杉通り帝都復興の清洲橋架橋に合わせて開通
幹線第六号駒形橋通り浅草通り帝都復興の駒形橋架橋に合わせて開通
上野駅前と亀戸を結ぶ
幹線第七号八重洲通り八重洲通り東京駅八重洲口から東に伸びる道路
昭和4年に東京駅八重洲口に改札が誕生
幹線第十一号新常盤通り江戸通り新常盤橋や復興小学校の常盤小学校に由来
幹線第十二号市場通り新大橋通り震災で移転開場した築地市場に由来
後に新大橋通りと統合
幹線第十三号新大橋通り新大橋通り新大橋から江東方面に延びる道路
後に市場通りと統合
幹線第十五号言問橋通り言問通り帝都復興の言問橋架橋に合わせて開通
知ってるようで案外知らない! 関東大震災の復興に由来する東京の主要道路 10選 
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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