奈良県奈良市、奈良から春日山(かすがやま)を越え、柳生(やぎゅう)を結ぶ旧道が柳生街道(滝坂の道)。その滝坂の道の柳生側、藩政時代に整備された2.5kmの石畳のとぎれた三叉路にあるのが首切り地蔵。荒木又右衛門(あらきまたえもん)に試し斬りされたとの伝説がその名の由来です。
地蔵尊に荒木又右衛門の剣豪伝承が結実
寛永11年11月7日(1634年12月26日)、河合又五郎を伊賀国上野の鍵屋の辻(現・三重県伊賀市小田町)で討った鍵屋の辻の決闘で有名な荒木又右衛門は、大和郡山藩の剣術師範。
柳生宗矩(やぎゅうむねのり)や柳生三厳(やぎゅうみつよし=柳生十兵衛)の門人となり柳生新陰流(やぎゅうしんかげりゅう)を学んだと伝えられることから、伝承が正しければ、その時の試し切りということに。
像高1.8mの地蔵菩薩で、鎌倉時代の作。
釈迦不在の56億年の間、六道すべての世界(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道)に現れて衆生を救う菩薩が地蔵菩薩。
そんな尊い地蔵菩薩を、試し切りの対象にするとは思えないので、後世の乱暴な創作話ということに。
荒木又右衛門の武勇伝が、浄瑠璃『伊賀越道中双六』となって初上演されたのは、天明3年(1783年)で、歌舞伎、講談などで広く伝搬するのは江戸後期、明治以降です。
首切り地蔵の多くは、明治初年の廃仏毀釈の際に、首を落とされたものが多く、奈良でも興福寺が廃寺寸前まで追い込まれるなど苦難の時代が続いたので、その名残りなのか、あるいは自然劣化なのかもしれません。
柳生街道・首切り地蔵 | |
名称 | 柳生街道・首切り地蔵/やぎゅうかいどう・くびきりじぞう |
所在地 | 奈良県奈良市百毫寺町 |
電車・バスで | JR・近鉄奈良駅から奈良交通市内循環、山村町行きなどのバスで、砕石町下車、徒歩1時間 |
ドライブで | 京奈和自動車道木津ICから約7km。西名阪自動車道天理ICから約10kmで春日大社駐車場 |
駐車場 | 春日大社駐車場(100台/有料)などを利用 |
問い合わせ | 奈良市観光協会 TEL:0742-27-2223 |
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