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【新・南都八景】春日大社「春日鳥居の前でたたずむ鹿」

春日大社「春日鳥居の前でたたずむ鹿」

奈良市の世界文化遺産「古都奈良の文化財」は令和5年で登録から25年の節目を迎えましたが、奈良市観光協会では、12月1日、SNS映えする「新・南都八景」を発表。そのうちのひとつが春日大社「春日鳥居の前でたたずむ鹿」。春日大社一之鳥居(大鳥居)は日本三大木造鳥居にも数えられています。

現在1000頭を超す「神鹿」が奈良公園一帯に生息

春日大社の社伝によれば、奈良時代の初め、遠く常陸国(現・茨城県)の鹿島神宮から鹿島神・武甕槌命(たけみかづちのみこと)が白い鹿に乗ってやって来たのが始まりと伝えられます。
春日に着いた武甕槌命が鹿から降りた場所とされる、萬葉植物園近くの鹿道の辻(ろくどうのつじ)で、夜都伎神社(やとぎじんじゃ)の東には武甕槌命と鹿が休んだ鹿の足石も残され、こうした由来から鹿は古くから「神鹿」(しんろく)として大切にされてきたのです。

令和5年に福島大、山形大、奈良教育大の研究チームが発表した国の天然記念物に指定されている奈良公園の鹿(ニホンジカ)のDNA解析では、6世紀頃に紀伊半島にいた祖先の鹿の集団から奈良公園の鹿たちが分かれたであろうことが判明しています。

「春日野に粟蒔けりせば鹿待ちに継ぎて行かましを社し恨めし」など『万葉集』(7世紀後半から8世紀後半にかけて編纂)にも鹿を詠み込んだ歌が68首もあり、平安時代の初めから鹿が多かったことがわかります。
春日大社の創建は、神護景雲2年(768年)とされるので、奈良への鹿が移動した頃に鹿島神・武甕槌命(たけみかづちのみこと)を勧請して創建され、以来、「神鹿」として保護されたことによって鹿のDNAが保たれてきたということに。

春日大社一之鳥居は、現在の鳥居は寛永11年(1634年)の再建ですが、創建は平安時代後期で、平安時代から「春日鳥居の前でたたずむ鹿」というのは定番のアングルだったことがわかります。

奈良公園では、鹿せんべい以外の餌を与えることは禁じられているのでご注意を。

ちなみにオリジナルの「南都八景」(室町時代の『陰涼軒日録』に初めて登場し、江戸時代に定着)では、「春日野鹿」(かすがののしか)と春日大社・興福寺一帯の鹿を選定しています。

【新・南都八景】春日大社「春日鳥居の前でたたずむ鹿」
所在地 奈良県奈良市登大路町
場所 春日大社・一之鳥居
関連HP 春日大社公式ホームページ
電車・バスで 近鉄奈良駅から徒歩10分。JR奈良駅から徒歩25分
ドライブで 名阪国道天理ICから約10kmで春日大社駐車場
駐車場 春日大社駐車場(100台/有料)
問い合わせ 春日大社 TEL:0742-22-7788/FAX:0742-27-2114
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

春日大社

全国3000におよぶ春日神社の総本社が奈良の春日大社。710(和銅3)年、藤原不比等(ひじわらのふひと)が平城京鎮護のため、鹿島神宮から武甕槌命(たけみかづちのみこと=鹿島神)の分霊を勧請し、御蓋山(みかさやま=春日山)に祀ったのが始まりと

春日大社・一之鳥居

春日大社の社前、三条通に面して立つのが一之鳥居。かつては春日大社と興福寺旧境内との境に立っていました。平安時代の承和3年(836年)に創建されたと伝わる鳥居で、現存する鳥居は寛永11年(1638年)の再建。高さ6.75m、柱間5.2mの大鳥

奈良公園

奈良県奈良市、若草山の山麓に明治13年に造られた東西4km、南北2km、660haにおよぶ広大な都市公園。奈良市街の東方、興福寺・東大寺・春日大社・国立博物館一帯から、さらにその東に広がる春日山原始林までを含む広域の公園。美しい芝生と樹齢1

奈良市で「新・南都八景」が誕生

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