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朝日山古戦場

朝日山古戦場

新潟県小千谷市にある、上越新幹線が山頂直下をトンネルで抜ける標高341mの朝日山。明治元年・慶応4年(1868年)の北越戊辰戦争時、隣接する三国街道の難所・榎峠とともに、新政府軍と長岡藩の攻防戦が行なわれた激戦の地。山頂一帯が朝日山古戦場で、山頂まで車で到達することも可能(走行前に地元に確認が必要)。

山頂から信濃川と小千谷市街を望む要害の地

明治元年・慶応4年(1868年)5月10日、新政府軍との緒戦でみごと榎峠を奪還した長岡藩と奥羽越列藩同盟軍は、翌日榎峠を見下ろす天然の要害・朝日山に移り、強固な要塞を築いています。

この朝日山を巡る両軍の争奪戦は約1週間続き、絶え間ない銃声が遠くまで鳴り響いたとか。
奥羽越列藩同盟軍は山頂から激しく銃弾を降らせ、優位に立ちます。
なかでも激戦だったのが、5月13日。
新政府軍(薩摩・長州連合軍)の奇襲を受けるも奥羽越列藩同盟軍はこれを退け、新政府軍は長州藩奇兵隊の参謀・時山直八が桑名藩兵と戦い戦死し撤退しています。
戦後、明治新政府は奥羽越列藩同盟軍兵士への厳しい処置から遺体の放置を命じ、昭和28年に福生寺の住職が地元の人々とともに遺骨を集め、浦柄神社の境内に21基の墓碑を立てるまで朝日山の各所に朽ち果てるままになっていました。

現在は、信濃川と市街を望む山頂の展望台付近に、長岡藩の軍事総督・河井継之助の命で築かれたフランス式塹壕(ざんごう)や野営場、砲台跡などが残されています。

国道291号近くの浦柄神社駐車場から山頂までは徒歩1時間。
途中戦死者の墓標が点在、山頂の展望台には資料展示室も設けられています。

朝日山古戦場
名称 朝日山古戦場/あさひやまこせんじょう
所在地 新潟県小千谷市浦柄
関連HP 小千谷市公式ホームページ
ドライブで 関越自動車道小千谷ICから約9km
駐車場 3台/無料
問い合わせ 小千谷市生涯学習課 TEL:0258-82-9111/FAX:0258-82-9112
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

榎峠古戦場パーク

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