「レールバス」をご存知だろうか? 初期のディーゼルカー(気動車)は、自動車を参考に製造されていますが、ローカル線用に戦後、西ドイツのレールバスを参考に、昭和29年に国鉄が投入したのが国産「レールバス」の始まり。平成9年まで南部縦貫鉄道で運用されていましたが廃線とともに姿を消しています。
富士重工業が開発したレールバスが最後まで活躍

日本における開発のきっかけは、戦後間もない昭和28年、ヨーロッパを視察中の国鉄総裁・長崎惣之助(ながさきそうのすけ)が西ドイツでシーネンオムニブス(Schienenomnibus)を目にしたこと。
シーネンオムニブス(Schienenomnibus)、直訳すると「レール(Schienen)・乗合バス(omnibus)」で、西ドイツ国鉄がローカル線に投入していた小型気動車VT98型のことです。
西ドイツ国鉄は、蒸気機関車が牽引していた旅客列車の近代化を図るため、このシーネンオムニブスを投入、国内で広く運用されていたのです。
当時、交流電化の推進、気動車の導入など、国鉄の近代化を目指していた長崎惣之助は、このシーネンオムニブスに目をつけます。
ところが、当時の技術者たちは開発には後ろ向きでした。
最大の理由は、運用する線区が少なすぎること。
それでも消極的な技術者を押し切って国産のレールバス、キハ01形、キハ02形、キハ03形などを開発します。
搭載するエンジンは、日野ヂーゼル工業(現・日野自動車)が昭和25年、トラック・バス用に開発した直列6気筒DS系ディーゼルエンジンがベース。
残念ながら乗り心地が悪く、トイレもなく不便なことで、1960年代には姿を消す結果になり、技術陣の予想が当たったという結果になったのです。
当時、国鉄のレールバスに刺激を受けた富士重工業(現・SUBARU)がバスの開発技術を活かし、モノコックタイプのレールバス開発に乗り出します。
こうして完成したレールバスは、ローカル私鉄の羽幌炭礦鉄道、南部縦貫鉄道(現・南部縦貫)にに納入したのです。
鉄道ファンなどが一般にレールバスというと、この南部縦貫鉄道のこと。
バスボディの製造メーカーが開発しただけあって、窓もバス窓が8枚というスタイルで、外観もどことなくバス的です。
エンジンは日野製のバス用ディーゼルエンジンを搭載、エンジン音もバスそのものでした。
運転席右側にあるシフトレバーでギアを操作するなど、ギアチェンジもバスにそっくりで(クラッチとシフトレバーが備わっています)、まさにレール+バスというスタイルでした。
平成9年、鉄道が廃止になるまで使われ続け、南部縦貫鉄道廃止とともに姿を消し、今では幻の存在に(旧七戸駅構内で動態保存、土・日曜、連休に公開/機関庫の外からの見学のみ)。

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