清水宗治首塚
岡山県岡山市北区にある備中高松城主・清水宗治首塚。羽柴秀吉は、備中高松城の水攻めの際、本能寺の変で織田信長が討たれたことを秘匿して、城主・清水宗治の自刃で和睦を実現しています。清水宗治首塚は、明治43年、羽柴秀吉の本陣跡…
岡山県岡山市北区にある備中高松城主・清水宗治首塚。羽柴秀吉は、備中高松城の水攻めの際、本能寺の変で織田信長が討たれたことを秘匿して、城主・清水宗治の自刃で和睦を実現しています。清水宗治首塚は、明治43年、羽柴秀吉の本陣跡…
かつて松江城下への物資搬入にも活躍した北田川。松江城の北を流れる北田川はそのまま松江城の内堀として活用されています。慶長16年(1611年)に松江城を築いた初代藩主・堀尾吉晴は、築城の際に宇賀山を堀削して内堀とそれに並行…
慶長16年(1611年)、信長・秀吉・家康に仕えた堀尾吉晴(ほりおよしはる)が亀田山に築城した城。関ヶ原の合戦後、堀尾吉晴、忠氏親子は月山富田城に入城しますが、山城で不便なため亀田山に松江城を築き、近世的な城下町を縄張り…
熱田神宮の門前にあった東海道・宮宿の東の外れを流れていた精進川(現・新堀川)に架けられていた橋。1590(天正18)年、豊臣秀吉の小田原攻め(北条攻め)の陣中で病死した丹羽郡(にわぐん)の堀尾金助を弔うため、母が私財を投…