徳川御三家、出自&石高、その役割をチェック!

尾張藩、紀州藩、水戸藩の藩主が徳川御三家。尾張藩主がその筆頭といわれますが、徳川吉宗は紀州藩主、そして有名な水戸黄門は水戸藩主で、最後の将軍・徳川慶喜も水戸藩主の子。それだけだと、尾張藩主の影が薄い気もしますが、果たしてどうだったのでしょう。その出自と石高をチェックし、実力を探ります。

尾張藩

藩祖:徳川義直(とくがわよしなお)
徳川家康との関係性:徳川家康の九男
官位:寛永3年(1626年)、従二位権大納言
藩庁・居城:名古屋城(日本三名城)
石高:61万9500石(尾張国、美濃国・信濃国などの一部)
最後の藩主:徳川義宜(とくがわよしのり)/戊辰戦争では新政府軍に帰属、江戸進軍の先兵に
内容:徳川家康の四男・松平忠吉(まつだいらただよし=井伊直政の娘婿)が尾張・清州城主(清洲藩主)でしたが、腫物を患い28歳で早世
その後継に甲府藩主・徳川義直が抜擢され、慶長15年(1610年)、東海道の要衝として重視される名古屋に清州から城と城下町を移し(有名な「清洲越し」)、名古屋城を天下普請(てんかぶしん)で築城、尾張藩を立藩
役割:江戸と京・大坂を結ぶ、東海道と中山道の確保、木曽五木や知多廻船(尾張〜江戸の廻船)の管理

名古屋城

1612(慶長17)年築城の名古屋城は、明治時代まで約250年間、徳川御三家の筆頭尾張家の居城。現在、名古屋城の城跡は名城公園として整備されています。金の鯱(しゃちほこ)で知られる大天守閣は戦災で焼失し、昭和34年に再建されたもの。江戸城、

紀州藩

藩祖:徳川頼宣(とくがわよりのぶ)
徳川家康との関係性:徳川家康の十男
官位:寛永3年(1626年)、従二位権大納言
藩庁・居城:和歌山城
石高:55万5000石
最後の藩主:徳川茂承(とくがわもちつぐ)/戊辰戦争では新政府軍に与して京都を守備
内容:慶長8年(1603年)、松平信吉(まつだいらのぶよし/武田信吉=家康の五男)の死去により、2歳にして水戸藩に、元服後は駿府城に移り、家康の下で過ごしますが慶長14年(1609年)、正式に駿河・遠州を領有(水戸は十一男・徳川頼房が入国)
慶長19年(1614年)、大坂冬の陣で初陣を果たし、家康没後の元和5年(1619年)、紀伊国に転封
役割:西国監視、大坂城守護、江戸と大坂の間の海路を確保

和歌山城

和歌山市の中心部、紀ノ川河口の虎伏山(とらふすやま・標高48.9m)に建つ平山城。もとは1585(天正13)年、有力豪族・雑賀党(さいかとう=雑賀衆)を破り紀州を平定した羽柴秀吉(翌年豊臣姓に)が、弟・秀長のために藤堂高虎(とうどうたかとら

水戸藩

藩祖:徳川頼房(とくがわよりふさ)
徳川家康との関係性:徳川家康の十一男
官位:寛永3年(1626年)、従三位権中納言(後に正三位)
藩庁・居城:水戸城
石高:35万石
最後の藩主:徳川慶篤(とくがわよしあつ=最後の将軍・徳川慶喜の兄)/戊辰戦争では徳川慶喜の助言から、江戸藩邸を尊王攘夷派が守備、新政府軍に恭順
内容:徳川頼房は、家康62歳の時に生まれた子で、徳川頼宣(紀州徳川家の祖)が慶長14年(1609年)、駿府に転封(徳川家康は駿府で大御所政治を展開)されたことに伴い、水戸城に入城、慶長16年(1611年)に元服
元和5年(1619年)、初めて水戸に就藩しますが、ほとんどは江戸滞在で、将軍世嗣・家光の学友的な存在になっていました
寛永2年(1625年)頃から在藩し、水戸城と城下町の整備に尽力しますが家光の将軍就任後は、再び江戸在住となり、後に水戸藩主は基本的に江戸常住の基礎が生まれました
役割:東北諸藩を抑える北関東の軍事拠点、江戸在住で将軍を支える副将軍的な役割

水戸城

【完全攻略ガイド】水戸城

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