飛鳥時代の遺跡「飛鳥・藤原の宮都」が世界文化遺産登録!

飛鳥宮跡

ユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問機関であるイコモス(国際記念物遺跡会議/ICOMOS Japan)は、飛鳥時代の19遺跡で構成される「飛鳥・藤原の宮都」を世界文化遺産への登録を勧告。2026年7月19日〜7月29日に韓国・釜山で開かれる予定の世界遺産委員会で正式に登録される見通しです。

「飛鳥・藤原の宮都」で日本という国家が誕生!

藤原宮跡

世界遺産「飛鳥・藤原」登録推進協議会によると、
『飛鳥・藤原』−この言葉から多くの方が連想されるのは「日本の心のふるさと」です。これは、この地で東アジアとの政治的・文化的交流によって中央集権体制に基づいた宮都が誕生し、日本国誕生の舞台となったから、そして、その歴史の舞台が、1300年以上も経た現在も、田園景観の中に良好に伝えられてきたからです。

そして、「西暦592年、推古天皇が飛鳥の豊浦宮で即位しました。その後、都が飛鳥・藤原京から平城京に遷る西暦710年までの約120年間を飛鳥時代と呼んでいます」と飛鳥時代を定義しています。

その宮殿は、欽明天皇以降は、飛鳥宮(現在の明日香村)に定められ、周囲には仏教伝来とともに飛鳥寺などの寺院が建てられました。

当初は飛鳥に宮殿が置かれましたが、のちに手狭になったので藤原京(藤原宮)へと遷宮。
藤原宮で初めて中国風の瓦葺礎石建築が採用されています。

この飛鳥時代は、ヤマト王権が終焉し、中央集権国家が確立するプロセスにあたり(7世紀後半〜8世紀に確立)、飛鳥京は中国の王都を真似て碁盤目状の道路網が整備されています。

これは中国(隋、唐)からの使者に、日本が中央集権国家の仲間入りしていることを示すためにも重要な整備で、仏教によって国を護る「鎮護国家」を象徴する寺院も築かれました。
この時代、寺はおもに国営、そして有力豪族の氏寺で、国営の寺の僧侶はいわば国家公務員だったのです。

「飛鳥・藤原の宮都」構成資産

構成資産形成の過程種別
1飛鳥宮跡律令制による宮殿の形成過程【宮殿・官衙跡】
中央集権国家の形成過程
2飛鳥京跡苑池
3飛鳥水落遺跡
4酒船石遺跡
13藤原宮跡律令制による宮殿の成立
5飛鳥寺跡仏教の受容【仏教寺院跡】
国家宗教としての仏教寺院の成立
6橘寺跡氏寺の成立
7山田寺跡
8川原寺跡
9檜隈寺跡
14大官大寺跡国家寺院の成立
15本薬師寺跡
10石舞台古墳伝統的な墓制の継承と変質【墳墓】
律令による墓制の変化
14菖蒲池古墳
15牽牛子塚古墳新しい墓制への移行・展開
八角墳・壁画古墳
16天武・
持統天皇陵古墳
17中尾山古墳
18キトラ古墳
19高松塚古墳
世界遺産「飛鳥・藤原」登録推進協議会の資料をもとの編集
番号も登録推進協議会発表の資料に合わせています
飛鳥時代の遺跡「飛鳥・藤原の宮都」が世界文化遺産登録!
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
飛鳥時代

【世界文化遺産「飛鳥・藤原の宮都」】 そもそも飛鳥時代とは!?

2026年7月19日〜7月29日に韓国・釜山で開かれる予定の世界遺産委員会で正式登録の世界文化遺産「飛鳥・藤原の宮都」。飛鳥時代の19遺跡で構成される文化遺産ですが、そもそも飛鳥時代とはいつのことでしょう? 実は歴史の授業で学んだその定義を

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