四王寺林道
福岡県太宰府市の北に連なる四王寺山脈。太宰府天満宮の社前から岩屋山(281m)の山頂近くを通り、四王寺県民の森、古代城跡の大野城の西側を抜け、宇美町の貴船地区に出る林道が四王寺林道。林道といっても舗装道路で、センターライ…
福岡県太宰府市の北に連なる四王寺山脈。太宰府天満宮の社前から岩屋山(281m)の山頂近くを通り、四王寺県民の森、古代城跡の大野城の西側を抜け、宇美町の貴船地区に出る林道が四王寺林道。林道といっても舗装道路で、センターライ…
毎年3月第1日曜、太宰府天満宮で『曲水の宴』が開かれます。十二単(じゅうにひとえ=平安時代の女性用の装束)、衣冠(いかん=貴族や官人の宮中での勤務服)などの平安装束をまとった詠み人が、曲水の溝に浮かべられた盃が流れてくる…
延喜元年(901年)、藤原時平らの陰謀によって右大臣から大宰府(だざいふ)の権帥(ごんのそち)に左遷させられた菅原道真は、延喜3年(903年)年2月25日、大宰府の南館(現・榎社)で没しています。その墓所に建てられたのが…
大宰府政庁跡の東、観世音寺との間に位置する水田地帯の小字(こあざ)の名は「学業」で、かつてこのあたりには観世音寺の子院・学業寺があったとされる地。隣接して奈良時代から平安時代にかけての教育機関「大宰府学校院」があったとも…
天智天皇(てんじてんのう)が約1300年前に九州の政治の中心として創建した役所が大宰府政庁(だざいふせいちょう)。奈良から平安時代にかけて九州を治め、わが国の西の守りとしての防衛を、また外国との交渉の窓口として重要な役割…
筑前国分寺の北東200mに位置する、8世紀中頃につくられた古代の瓦窯跡。741(天平13)年に出された聖武天皇の「国分寺・国分尼寺建立の詔」により、後に造営された筑前国分寺の屋根瓦を焼くために造られたと推測される瓦窯の跡…
大宰府政庁跡の北西に位置する、四天王寺山の麓にある奈良時代創建の筑前国の国分寺跡。聖武天皇が仏教による国家鎮護のため、全国各地に建立した国分僧寺(金光明四天王護国之寺/こんこうみょうしてんのうごこくのてら)のひとつが筑前…