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善国寺

善国寺

東京都新宿区神楽坂にある日蓮宗の寺、善国寺(善國寺)。戦国時代末の文禄4年(1595年)、池上本門寺第12代貫主・日惺上人が馬喰町に創建(開基は徳川家康)。度重なる江戸の大火により麹町を経て寛政5年(1793年)に現在地に移っています。芝正傳寺、浅草・正法寺とともに「江戸三毘沙門」のひとつ。

「神楽坂の毘沙門さま」と信仰される名刹

本尊の像高30cmの毘沙門天像は江戸時代から勝負事に利益ある「神楽坂の毘沙門さま」と信仰され、毘沙門天が寅年、寅の月、寅の日、寅の刻に降臨したとされることから1月は初寅の日、二の寅の日、5月、9月は初寅の日に御開帳されています。
開帳日には、「百足(むかで)ひめこばん」が授与されています。
本堂の左右には狛犬のような石像がありますが、珍しい阿吽(あうん)の石虎(狛虎)です(毘沙門天が寅の年、寅の月、寅の日、寅の刻に降臨したことに由来)。

神楽坂の繁栄は善国寺の毘沙門天の信仰があってのこと。
善国寺の門前町として発展し、明治時代から大正時代にかけ、「山の手銀座」と呼ばれるまでに。
明治39年に発表された(『ホトトギス』第九巻第七号)夏目漱石の小説『坊っちゃん』には、「それから神楽坂の毘沙門の縁日で八寸許り(ばかり)の鯉を針で引っかけて、しめたと思ったらぽちゃりと落して仕舞ったが是は今考えても惜しいと云ったら、赤シャツは顎を前の方へ突き出してホホホ・・・と笑った」というくだりがあります。

昭和5年、後に『青い山脈』(昭和24年)、『王将』(昭和36年)などのヒット曲を手掛けた西條八十(さいじょうやそ)が、本格的に歌謡曲を書き始めた初期の曲『新東京行進曲』(作曲:中山晋平)に「名さえ賑わしあの神楽坂 こよい寅毘沙人の波 可愛い雛妓(おしゃく)と袖すり交わしゃ買った植木の花が散る」という歌詞もあり、神楽坂の繁栄を裏付けます。

明治20年、縁日に夜店が出店し、東京の夜店のルーツに、坂の上下に設けた車馬通行止めは歩行者天国の先駆けもなっています。
山ノ手七福神めぐりの毘沙門天となっています。

2007年に放映されたテレビドラマ『拝啓、父上様』(フジテレビ系列/脚本:倉本聰、主演:二宮和也)は神楽坂の老舗料亭が舞台。
ドラマにしばしば登場した善国寺ゆえに、「コンサートのチケットが当たりますように」などという絵馬も見受けるように色褪せぬ「嵐の聖地」になっています。

善国寺
名称 善国寺/ぜんこくじ
所在地 東京都新宿区神楽坂5-36
関連HP 善国寺公式ホームページ
電車・バスで JR・東京メトロ飯田橋駅、東京メトロ神楽坂駅、牛込神楽坂駅から徒歩5〜10分
駐車場 周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ 善国寺 TEL:03-3269-0641(9:00〜17:00)/FAX:03-3269-1129
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

新宿山ノ手七福神

新宿から牛込、神楽坂界隈の7つの社寺を結ぶ、開運の参詣ルートが新宿山ノ手七福神。谷中七福神に比べるとロングコースですが、徒歩で回ることが可能。神楽坂上の善國寺(毘沙門天)をスタートして西に、あるいは新宿御苑に近い太宗寺(布袋和尚)をスタート

神楽坂

東京都新宿区、飯田橋の外堀通りと早稲田通りが交差する神楽坂下交差点から、坂上の善国寺、大久保通りに向けて上る坂道が、神楽坂(かぐらざか)。坂名は江戸時代からの歴史あるもので、周辺には大正時代に隆盛を誇った花街があり、「千月」、「幸本」(ゆき

 

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