東海道本線の起点は東京駅、では終点はどこでしょう? 正解は神戸駅です。ところが東海道新幹線の終点は新大阪駅。新大阪駅以西にある新神戸駅は山陽新幹線の駅となっているのです。東海道新幹線は東海道本線の線増(複々線化)として建設された経緯がありますが、なぜ新大阪駅が終点なのでしょう?
なぜ、東海道本線は神戸を目指したのでしょうか!?

日本の鉄道開業は、ご存知のように新橋〜横浜。
横浜駅があったのは現在の桜木町駅で、開港後に外国人が居住するようになった横浜の居留地を目指して敷設されたのです。
同様に東海道本線も、西の開港地、居留地である神戸を目指したということに。
そのため東海道本線は東京〜神戸間ということに。
当初の鉄道はこのように国際的な貿易港を目指して開通していますが、東海道線の敷設と同時に建設が進んだ長浜〜敦賀も、当時日本海の物流の拠点(北前船の寄港地)だった敦賀港へと線路を伸ばしたというわけです。
舟運による物資、旅客の運搬が今より大事な時代だったから、加えていえば欧米列強への配慮からそうした開港地重視策がとられたのです。
明治政府の富国強兵策とアジア進出を目指した明治20年代には、広島港(宇品港)へと鉄道を伸ばしていますが、これは清国(現・中国)への出兵、つまりは日清戦争を見越してのこと。
ただし政府に予算がなかったため、山陽鉄道によって敷設されています(神戸以西、山陽本線の前身です)。

実は、明治時代に策定された国道の計画も、すべて開港地を目指したのじゃ。
一等国道は、東京・日本橋を起点に、幕末に開港した6ヶ所の港(横浜港、大阪港、神戸港、長崎港、新潟港、函館港)を結んで建設されたんじゃ。
ではなぜ、東海道新幹線は新大阪止まりなの!?

東海道本線の全通(新橋駅〜東京駅)は、明治22年7月1日、そして東海道新幹線は東京オリンピック開幕直前の昭和39年10月1日。
つまり、75年もの隔たりがあります。
西日本の中心である大阪、そして首都・東京を結ぶ「夢の超特急」として計画されましたが、実現段階となると時間的、そして経済的な理由から新大阪止まりが現実的で、以西は山陽新幹線として別路線を新たに建設するということになったのです。
それでも東海道本線の複線化という前提のため、実際の距離は異なったとしても「営業キロは東海道本線に揃える」こととなり、たとえば東京〜名古屋は東海道線でも新幹線でも乗車券は同じ値段ということに(無名枝線の扱いです)。

昭和57年までは東海道線の線増、その後は無名枝線(支線)扱いという意外にも邪険にされたのが東海道新幹線。
ところがJR東日本は、令和8年3月14日のダイヤ改正で、東海道新幹線と東海道本線(在来線)の別線化を実施、これによって晴れて独り立ちとなるのじゃが、料金体系が異なるということにもなって注意が必要なんじゃ。
| 東海道新幹線と東海道本線、なぜ終点が違う!? | |
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