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埼玉県三大古墳とは!?

埼玉県にある巨大な古墳(前方後円墳)は、行田市の埼玉古墳群の二子山古墳を筆頭に、同じ埼玉古墳群の稲荷山古墳、そして東松山市の野本将軍塚古墳。この3基が埼玉県三大古墳ですが、埼玉古墳群は、埼玉県では唯一、関東地方にも13件しかない国の特別史跡という貴重な古墳群です。

ヤマト王権とも密接な関係性を有した豪族が眠る地

令和2年3月に、埼玉県内では初となる国の特別史跡(国宝級の史跡)に指定されたのが、埼玉県の県名の発祥にもなっている行田市の埼玉古墳群(さきたまこふんぐん)。
5世紀後半〜7世紀中頃にかけて、大宮台地の北端に連続して築かれた、前方後円墳8基、大型円墳2基(丸墓山古墳は日本最大級の円墳)、方墳1基並、さらに小円墳群で構成される古墳群で、東西600m、南北900mという狭い土地に大型古墳が密集度では全国屈指を誇っています(忍城水攻めの際には、石田三成率いる豊臣秀吉軍の本陣が丸墓山古墳墳頂に置かれ、眺めの良い地であることもよくわかります)。
しかも、主軸方位が揃っていること、二重の周壕を有していること、西側に造出しがあることなど、畿内のヤマト王権とも密接な関係性が想定できます。

なかでも稲荷山古墳は、古代の埼玉(さきたま)に君臨した最初の王(豪族)とも推測されています。

二子山古墳

所在地:埼玉県行田市埼玉/埼玉古墳群
墳丘長:132.2m/東日本10位、二重の堀を含めた長さは240m以上にも及びます
形式:前方後円墳
築造の年代:6世紀初頭(古墳時代後期)
史跡指定:国の特別史跡
被葬者:武蔵国造(むさしのくにのみやつこ)の笠原直使主(かさはらのあたいおみ)の墳墓とも

二子山古墳

埼玉県行田市にある埼玉古墳群(さきたまこふんぐん)の中央、稲荷山古墳の南に位置する前方後円墳が二子山古墳。前方部と後円部という2つの山が連結したような形状が名の由来で、墳丘長132.2mは、古代の武蔵国(むさしのくに)では最大、東日本でも第

稲荷山古墳

所在地:埼玉県行田市埼玉/埼玉古墳群
墳丘長:120m
形式:前方後方墳
築造の年代:5世紀前半〜5世紀半ば(古墳時代中期)/埼玉古墳群で、最初に築造された前方後円墳
史跡指定:国の特別史跡
被葬者:埼玉(さきたま)の大王(大首長)
備考:国宝の金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)が出土、刻まれた文字からヤマト王権とのつながりも判明しています(県立さきたま史跡の博物館の国宝展示室に展示)

稲荷山古墳

行田市にある埼玉古墳群(さきたまこふんぐん)で最初に築造されたと推測される古墳が稲荷山古墳。5世紀後半に造られた全長120mの前方後円墳で、古墳の上に小さな稲荷社があったのがその名の由来。前方部は昭和12年の沼地の干拓工事による土石採取で破

野本将軍塚古墳

所在地:埼玉県東松山市下野本612・613(利仁神社)/野本古墳群
墳丘長:115m
形式:前方後円墳(後円部3段、前方部2段)
築造の年代:4世紀後半(古墳時代前期)
史跡指定:埼玉県の史跡
被葬者:北武蔵で権力を有した首長(墳丘土はすべて盛土のため強大な権力を有していたことがわかります)
備考:古墳時代前期に築造された前方後円墳としては、埼玉県内(北武蔵)最大
メスリ山古墳(奈良県桜井市)の設計原理と共通性が認められ、ヤマト王権との関連性も

野本将軍塚古墳

埼玉県東松山市、松山台地の南縁、野本小学校の南にある巨大な前方後円墳が野本将軍塚古墳。墳丘長は115mあり、埼玉県では、さきたま古墳群(行田市)の二子山古墳(132m)、稲荷山古墳(120m)に次ぐ巨大な古墳となっています。しかも古墳時代前

埼玉県三大古墳とは!?
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東日本の古墳 ベスト10

日本最大の古墳は大仙古墳(仁徳天皇陵)で墳丘長486m。東日本で最大の古墳は群馬県太田市の天神山古墳で210m。全国レベルだと26位と、巨大古墳は西日本に多いことがわかります。それでも東日本のベスト10を見てみると、ヤマト王権と東日本の首長

千葉県三大古墳とは!?

文化庁の調査では、千葉県の古墳・横穴墓の数は、現存と消滅を合算して1万2765基を数え(平成28年度)、全国4位、東日本ではケタ違いの1位です。東京湾の海上交通を掌握し、ヤマト王権とも密接な関係を有した首長が、地元の石材などを使って、千葉県

東京三大古墳とは!?

東京都内にある巨大古墳のTOP3、いわゆる東京三大古墳は、港区芝公園の芝丸山古墳、大田区田園調布の亀甲山古墳(かめのこやまこふん)、そして宝萊山古墳(ほうらいさんこふん)と、23区の一等地に。いずれもヤマト王権と密接な繋がりが類推できる前方

茨城県三大古墳とは!?

茨城県には、水運を利用した経済力をベースにして、東日本の2位、6位、9位にランクイン巨大古墳が築かれています。律令時代に朝廷の最前線となった場所が現在の石岡市一帯ですが、古墳時代にもヤマト王権と密接な関係をもった首長が、茨城県三大古墳という

群馬県三大古墳とは!?

東日本の墳丘長が150mを巨大古墳のうち、1位、3位、4位というのが群馬県三大古墳の天神山古墳(太田天神山古墳)、浅間山古墳、別所茶臼山古墳(円福寺茶臼山古墳)。いずれもヤマト王権と密接な関係を有した「毛野国」(けぬのくに)の大首長、あるい

栃木県三大古墳とは!?

栃木県の小山市、栃木市、下野市周辺は、古代の下毛野(しもつけ=律令時代の下野国)の中心地があった場所で、ヤマト王権と密接な関係があった首長の墓として巨大な前方後円墳が築かれています。吾妻古墳、琵琶塚古墳、摩利支天塚古墳が栃木県三大古墳で、墳

山梨県三大古墳とは!?

甲府盆地一帯は、古墳時代前期の前方後円墳から三角縁神獣鏡が出土し、古墳時代の早い時期にヤマト王権に組み込まれていたことがわかっています。山梨県三大古墳に数えられる前方後円墳は、甲府盆地南部の銚子塚古墳、天神山古墳、大丸山古墳で、山梨県曽根丘

神奈川県三大古墳とは!?

神奈川県の巨大古墳は、第1位の観音松古墳(横浜市)が失われるなど上位のいくつかは消滅、改変されており、形状を留めるものとしては、逗子の長柄桜山古墳群にある第1号墳、第2号墳がトップ2で、海老名市の瓢箪塚古墳(ひさごづかこふん)がそれに続きま

 

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