関門海峡の北西、山口県下関市の響灘(ひびきなだ)に面する海岸砂丘にある弥生時代の埋葬跡が土井ヶ浜遺跡。弥生人は「縄文人が進化」という定説を覆し、「渡来・混血」説を導き出すに至る画期的な発見をもたらした、弥生時代文化像を大きく塗り替えた記念碑的な遺跡です。
弥生人「渡来・混血」説を導いた記念すべき遺跡
埋葬された弥生人は、身体を東西を軸にして、あおむけに膝などを曲げる仰臥屈葬で頭をやや高くし、顔が西北の海を向くように埋葬されています。
保存状態の良好な弥生人骨は300体を超え、その特徴が「面長・鼻根部が扁平・高身長」と従来の縄文人とは異なることから、渡来人ではないかとも推測され、日本人のルーツを探る上でも貴重な遺跡になっています。
中国江南地域から稲作は日本に伝来したともいわれていますが、土井ヶ浜の弥生人も江南地域からの渡来人という可能性も大。
吉野ヶ里遺跡同様に、弥生前期から中期の弥生化のプロセスを表す遺跡です。
土井ヶ浜で発掘された人骨の特徴は、吉野ヶ里遺跡発掘の人骨に類似し、有明海上陸と山口県上陸の渡来人のルーツは同じであることがわかります(九州エリアの弥生人は3タイプ)。
装飾品として出土したイモガイの貝輪は、北海道伊達市の有珠モシリ遺跡からも発掘され、壮大な古代の日本海海上交易ルートがあったことも判明しています。
弥生時代の権威の象徴のイモガイ製貝輪がどうして北海道=北海道では続縄文前半期にまでもたらされたのかは謎です。
土井ヶ浜遺跡 | |
名称 | 土井ヶ浜遺跡/どいがはまいせき |
所在地 | 山口県下関市豊北町神田上 |
関連HP | 土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム公式ホームページ |
電車・バスで | JR長門二見駅からブルーライン交通バス肥中行きで15分、土井ヶ浜下車、徒歩1分 |
ドライブで | 中国自動車道美祢ICから約47.1km |
駐車場 | 200台/無料 |
問い合わせ | 土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム TEL:083-788-1841/FAX:083-788-1843 |
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