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川口神社(銚子)

川口神社(銚子)

千葉県銚子市にある平安時代の寛和2年(986年)創建と伝えられる古社が、川口神社。東廻り航路と利根舟運で栄えた、利根川河口の川口町に鎮座し、祭神は、『古事記』に水戸神(みなとのかみ=河口を司る神)とも記される速秋津日命(はやあきつひのみこと)。

銚子港の守護神として尊崇される社

銚子湊の守護神として、昔から利根川舟運の船主や漁業関係者の信仰があつく、江戸時代までは、白紙明神(はくしみょうじん)と称して痣除け(あざよけ)の祈願に訪れる女性も多かったとか。
参道石段途中には、網にかかり死んだ海亀を葬った亀の墓もあります。

元治元年(1864年)の春、銚子港は未曽有の豊漁で湧き、それを契機に『銚子大漁節』が作られていますが、そのなかにも「九つとせ この浦守る川口の明神ご利益あらわせる この大漁船」と歌われています。

明治以前は、歯櫛明神(はくしみょうじん)ともいい、川口神社になったのは明治3年。
毎年旧暦6月15日には大漁を祈願して漁業関係者が神輿を担ぎ大漁・海上安全を祈願する『大潮まつり』が斎行されています。

参道、三の鳥居脇には吉田松陰の銚子来訪を記念して建立された「松陰先生曽遊之地」碑(徳富蘇峰の揮毫)も立っています。
吉田松陰は幕末の嘉永5年(1852年)1月、東北旅行途中に銚子に立ち寄り、『銚子港』と題する漢詩を詠んでいますが、当時の銚子は関東を代表する賑わいの町でした(吉田松陰は銚子の賑わいを見て、防備が手薄で外敵に対して対策が取られていないことを嘆いています)。

川口神社は、日本遺産「北総四都市江戸紀行 ~江戸を感じる北総の町並み~」の構成資産にもなっています(北総四都市=佐倉、成田、佐原、銚子)。

川口神社(銚子)
名称 川口神社(銚子)/かわぐちじんじゃ(ちょうし)
所在地 千葉県銚子市川口町2-6378
関連HP 銚子市観光協会公式ホームページ
電車・バスで 銚子電鉄本銚子駅から徒歩20分。または、JR銚子駅から川口線バスで明神下下車、徒歩1分
駐車場 なし
問い合わせ 銚子市観光協会 TEL:0479-22-1544
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

竜の井(玄蕃井戸)

千葉県銚子市にある江戸時代末期から明治時代にかけて、ヒゲタ醤油の醸造用水として用いられた湧水井戸が竜の井(玄蕃井戸)。生産量の増加を背景に、幕末の慶応4年(1868年)、玄蕃山と呼ばれる田中玄蕃(田中家当主の名)保有の山に湧く水を醸造用に利

円福寺(飯沼観音)

銚子漁港近くにある真言宗の古刹が円福寺(飯沼観音)で、正式名は飯沼山円福寺。神亀5年(728年)、漁師清六と長蔵の網にかかった十一面観世音菩薩をお堂に祀ったのが起源とされ、開基は空海(弘法大師)。その後は地元の豪族・海上氏の尊崇を受けて隆盛

西廣家住宅

千葉県銚子市川口町にある銚子を代表する船主の住居および作業場が西廣家住宅(にしびろけじゅうたく)。江戸時代、利根川東遷事業で、東北と江戸を結ぶ交易ルートに、利根川の舟運が使われるようになると、中継基地となった銚子は大いに発展。さらに漁業基地

銚子・犬岩

千葉県銚子市、銚子半島の先端、名洗港の南、犬若地区の海岸にある奇岩が犬岩。隣接する千騎ヶ岩は、源義経が平泉に逃れる際に騎馬を隠した岩とされ、残された愛犬・若丸が7日7晩鳴き続け、8日目にその姿は岩となったのが犬岩だといわれています。江戸時代

妙福寺

千葉県銚子市妙見町にある日蓮宗の寺、妙福寺。正和3年(1314年)、日祐(にちゆう)が創建。八日市場の入山崎(現・匝瑳市)に槃若寺(真言宗)としてあった寺を、時の住僧・円学が日祐に心服し日蓮宗に転じたと伝わります。源氏に信奉された妙見菩薩像

屏風ヶ浦

千葉県銚子市の外川漁港(とかわぎょこう)の西方、名洗(なあらい)から刑部岬(ぎょうぶみさき/旭市)にかけての10kmにわたる海岸沿いには、高さ40m〜50mの断崖絶壁が連なリますが、これが屏風ヶ浦。水郷筑波国定公園に指定され、イギリスとフラ

外川の町並み

千葉県銚子市、銚子半島南端の傾斜地に、碁盤目状の町割がされた外川の町並み(とかわのまちなみ)。イワシ漁の最盛期には「外川千軒大繁盛」とうたわれた町で、石畳の坂道が続く港町は、NHKの朝の連続ドラマ『澪つくし』(昭和60年放送)の舞台にもなっ

 

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