福岡県福岡市西区今宿、国道202号(今宿バイパス)北側にある墳丘長64mの前方後円墳が、大塚古墳。鋤崎古墳、丸隈山古墳、山の鼻1号墳、若八幡宮古墳、兜塚古墳などとともに今宿平野に築かれた今宿古墳群を構成する古墳で、国の史跡。
古墳時代後期(6世紀前半)に築かれた首長墓
大塚古墳は、高祖山北麓の標高15mほどの台地に古墳時代後期(6世紀前半)に築かれた首長墓です。
墳丘は2段構成で、下段の斜面にのみ葺石が配されています。
墳丘の周囲に幅8~12mの周濠が巡り、その外側に幅5mの外堤が築かれています。
南半部側に幅5mの浅い濠があり、それを加えると全体としては100mほどの規模になります。
埋葬施設は未確認で、後円部に横穴式石室があると推測されています。
墳丘の段テラス、外堤の上、外堀外線に円筒埴輪が並べられ、外堤の南西部からは人物、馬形などの形象埴輪も出土。
墳)は、横穴式石室を日本で最初に墓室として導入した古墳群で、4世紀〜6世紀にかけて前方後円墳が継続して築造されるという、全国的に見ても珍しい古墳群です(ただし、葬られた人の名前、生没年、ヤマト王権内での役割などは不明)。
今宿古墳群は、5世紀中頃以降、つまり兜塚古墳とそれ以降の古墳は、前方後円墳ではあるものの、5世紀前半までの古墳(丸隈山古墳、若八幡宮古墳、鋤崎古墳)とは異なり、同時期の古墳に全国的に見られるような遺物・遺構の内容となっていて、「倭の五王」の時代におけるヤマト王権の変化、そして北九州の首長の権力の強化などがその背景にあると推測できます。
福岡市教育委員会の調査によれば、古墳の総数は三百数十基(うち11基が前方後円墳)。
古墳時代には高祖山の麓は、古墳がズラリと並ぶ壮観な景色が広がっていたと推測できます。
大塚古墳 | |
名称 | 大塚古墳/おおつかこふん |
所在地 | 福岡県福岡市西区今宿字大塚 |
関連HP | 福岡市公式ホームページ |
電車・バスで | JR今宿駅から徒歩15分 |
問い合わせ | 福岡市経済観光文化局文化財活用部文化財活用課 TEL:092-711-4666 |
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