鋤崎古墳

鋤崎古墳

福岡県福岡市西区今宿にある墳丘長62mの前方後円墳が、鋤崎古墳(すきざきこふん)。丸隈山古墳、山の鼻1号墳、若八幡宮古墳、兜塚古墳などとともに今宿平野に築かれた今宿古墳群を構成する古墳で、国の史跡。4世紀末の築造で、今宿古墳群を代表する古墳のひとつ。

朝鮮半島とも密な交流のあった首長の墓

鋤崎古墳

今宿平野の東端に位置する前方後円墳で、昭和56年~昭和58年に福岡市教育委員会が発掘調査を行なっています。
墳丘は3段で、斜面には葺石が配され、段丘面(テラス)には埴輪が並んでいました。
円筒埴輪や家や動物をかたどった形象埴輪は福岡県内では最も古い時代のもので、畿内(ヤマト王権)の埴輪工人の間接的な関与が推測できます。

後円部の上部中央には、石棺、埴棺、木棺が納められた横穴式石室がありますが、玄武岩の扁平な板石を積み上げた特殊な構造で、日本列島で最も早く築かれた石室だと推測できます。
追葬が可能である横穴式石室としては全国でも最古の段階のもので(朝鮮半島から北九州に何度も埋葬が可能な石室形態が伝わるのは4世紀の終わり頃)、横穴式石室のルーツ、朝鮮半島の百済にあった漢江流域(現在のソウル市周辺)の石室が祖型です。

つまり鋤崎古墳は、朝鮮半島と交流しながら、ヤマト王権とも密な関係を有した今宿平野全体を掌握した首長の墓だと推測できます。

副葬品として、鏡、玉類、武器、農工具などが大量に発掘されています。
出土遺物のうち特徴的なものとして長方板革綴短甲(ちょうほういたかわとじたんこう=横長長方形の地板と、帯金とよぶ細長い鉄板を重ね、革ひもで綴じ合わせた鎧)がありますが、若八幡宮古墳からも甲冑(かっちゅう)が出土し、甲冑が4世紀~5世紀にかけて連続して出土する古墳群は全国的に見ても数例しかありません。
長方板革綴短甲は、鉄製の甲冑ですが、古墳時代において鉄は貴重品で、朝鮮半島から輸入していました。
長方板革綴短甲は古墳時代中期前半を代表する甲冑です。

墳)は、横穴式石室を日本で最初に墓室として導入した古墳群で、4世紀〜6世紀にかけて前方後円墳が継続して築造されるという、全国的に見ても珍しい古墳群です。
しかも福岡市教育委員会の調査によれば、古墳の総数は三百数十基(うち11基が前方後円墳)。
古墳時代には高祖山の麓は、古墳がズラリと並ぶ壮観な景色が広がっていたと推測できます。

石室を埋め戻し保存されていますが、発掘時の石室の状況は実物大のレプリカとして、出土遺物とともに福岡市博物館に展示。

鋤崎古墳
鋤崎古墳
名称 鋤崎古墳/すきざきこふん
所在地 福岡県福岡市西区今宿青木
電車・バスで JR今宿駅から徒歩20分
問い合わせ 福岡市経済観光文化局文化財活用部文化財活用課 TEL:092-711-4666
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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