富士急行が創業100周年! 富士急の歴史を知ろう!

富士急行100周年

富士急行は、1926年9月18日に設立した富士山麓電気鉄道がルーツで、翌1927年、御殿場~富士吉田~河口湖、大月~富士吉田、富士吉田~河口湖~精進湖の自動車営業を開始、さらに1929年、大月~富士吉田の鉄道事業をスタートさせています。つまり、2026年9月18日で創業100周年を迎えることに。

富士山麓電気鉄道は創業時の社名です

富士急行100周年

富士急行といえば、新宿と富士五湖を結ぶ高速バスも有名ですが、始まりは自動車営業で、今も富士山麓での路線バス網を有しています。

また、「フジサン特急」、「富士山ビュー特急」などが人気の富士急行線は、2022年5月25日に富士急行が全額出資する子会社、富士山麓電気鉄道に分社化されています。

この会社名、実は1960年まで使われた創業時の会社名で、社章も往時のものに復活させ、「富士山麓電氣鐵道株式會社」という往年のロゴを使っています。

富士急行線は、大月~富士吉田の軌道を経営していた富士電気軌道(都留馬車鉄道、富士馬車鉄道が電化し、1921年10月から電車を運行)を1927年5月14日に富士山麓電気鉄道が買収、軌間などを変更し、1929年6月19日に鉄道営業をスタートさせたものです。

この鉄道化によって、それまで2時間余りかかっていた大月~富士吉田が50分に短縮され、富士登山の足としても活用されるようになったのです。

馬車軌道としては、上吉田~船津にも富北軌道(ふほくきどう)がありましたが、やはり富士山麓電気鉄道が買収して、廃止に。

あまり知られていませんが、富士登山が隆盛した明治末期には中央本線・大月駅~富士吉田駅(富士登山の玄関駅のひとつ)~東海道本線・御殿場駅(現・御殿場線)を結び馬車軌道群があったのです。

これが、富士馬車鉄道(大月~谷村)、都留馬車鉄道(富士吉田~籠坂)、御殿場馬車鉄道(籠坂~御殿場)で、軌道の間隔がまちまちだったため、乗り換えを余儀なくされました。

御殿場馬車鉄道は中央本線の開通後は経営が悪化し、1929年に解散しています。
富士馬車鉄道、都留馬車鉄道は、富士電気軌道となった後、富士山麓の総合開発を目指す富士山麓電気鉄道に引き継がれたというわけです。

富士急行(1960年までは富士山麓電気鉄道)は、ゴルフ場、別荘地開発、ホテル事業、遊覧船事業、そして遊園地なども開業し、富士急グループとして発展していきます。
熱海〜初島の高速船、箱根の双胴船なども富士急行の運航となっていて、箱根、熱海まで進出しています。

富士急行が創業100周年! 富士急の歴史を知ろう!
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