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大久野島灯台

大久野島灯台

広島県竹原市、「うさぎの島」で有名な芸予諸島・大久野島(おおくのじま)の南端に建つのが大久野島灯台。三原瀬戸航路に築かれた灯台で、現在の灯台は平成4年築の2代目。明治27年5月15日初点灯というという初代の灯台は、四国村(香川県高松市)に移築保存されています。

三原瀬戸航路を守る9灯台のひとつ

大久野島は芸予要塞(げいよようさい)の一部として、明治30年に砲台が着工され、一般の出入りは禁じられましたが、灯台付近のみ逓信省所管で、海の安全を守り続けたのです。

明治20年代、潮流の速度が速く、水先案内人も難所として恐れた来島海峡航路に代わる航路として、尾道沖の百貫島から三原沖を経て大下島へ至る三原瀬戸航路が開かれ、航路を守るために9基の灯台が建設されています。
戦時中は軍の機密により島の存在が隠されたことから「地図から消えた島」とも呼ばれましたが、灯台はその機能を守り続けました。

明治時代、三原瀬戸航路に設置された9灯台

・高根島灯台(広島県尾道市高根島/明治27年5月15日初点灯/保存灯台Dランク)
・大浜埼灯台(広島県尾道市因島/明治27年7月4日初点灯/保存灯台Cランク)
・長太夫礁灯標(広島県尾道市海細島/明治13年2月5日初点灯/保存灯台Dランク)
・小佐木島灯台(こさぎじまとうだい/広島県三原市/明治27年7月4日初点灯/保存灯台Cランク)
・中ノ鼻灯台(広島県大崎上島町/明治27年5月17日初点灯/保存灯台Cランク)
・百貫島灯台(愛媛県上島町の無人島/明治27年5月15日初点灯/志賀直哉の『暗夜行路』に尾道まで光が届いたと記される灯台/保存灯台Cランク)
・大下島灯台(愛媛県今治市大下島/明治27年5月15日初点灯/保存灯台Cランク)
・大久野島灯台(広島県竹原市大久野島)の初代灯台(明治27年7月4日初点灯)=四国村(香川県高松市)に移築保存
・鮴埼灯台(めばるざきとうだい/広島県豊東野町/明治27年5月15日初点灯)=平成21年1月19日に廃灯、撤去

大久野島灯台
名称 大久野島灯台/おおくのしまとうだい
所在地 広島県竹原市忠海町大久野島
関連HP 竹原市観光協会公式ホームページ
電車・バスで 大久野島第一桟橋から徒歩5分、大久野島第二桟橋から徒歩10分
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

大浜埼灯台

広島県尾道市、因島大橋の架かる布刈瀬戸(めかりせと)の因島側に建つのが大浜埼灯台。瀬戸内海の重要な航路の一つ、三原瀬戸航路を守る重要な灯台です。灯台のすぐ横に「灯台記念館」(旧大浜埼船舶通航潮流信号所)が建つほか、周辺には検潮所、大浜崎キャ

中ノ鼻灯台

瀬戸内海に浮かぶ大崎上島(広島県大崎上島町)の東岸、大三島側に向かう中ノ鼻の突端に建つ灯台が中ノ鼻灯台。潮の流れが速い難所である来島海峡を避け、三原瀬戸を航行する船が多かったため、明治時代に建設された9灯台のひとつ。明治27年5月17日初点

高根島灯台

広島県尾道市、芸予諸島のひとつ、高根島(こうねしま)の北端・押寄鼻に建つのが高根島灯台。明治27年5月15日初点灯という歴史ある石造灯台で、保存灯台のランクはDランクですが、海上保安庁の日本の灯台50選に選定されています。平成5年3月に改築

大久野島・第二桟橋

広島県竹原市忠海町、瀬戸内海に浮かぶ、かつては戦争遺跡、今では「うさぎの島」として知られる大久野島。島の玄関港は、東岸・発電所跡(戦争遺跡)近くの第二桟橋、南岸の第一桟橋の2ヶ所あり、大三島フェリーと早朝と夕方の数便を除くほとんどの休暇村客

大久野島・第一桟橋

広島県竹原市忠海町、瀬戸内海に浮かぶ、かつては戦争遺跡、今では「うさぎの島」として知られる大久野島。島の玄関港は、第一桟橋、第二桟橋の2ヶ所あり、三原港〜須波港〜大久野島を結ぶ弓場汽船(土生商船グループ)の高速船が着岸するのが、第一桟橋です

日本一高い送電鉄塔(中国電力大三島支線No.11)

広島県竹原市、竹原沖に浮かぶ大久野島は、戦前は芸予要塞、戦時中は毒ガス開発、そして近年では「うさぎの島」として知られています。島の尾根筋を南北に縦断して送電線が通っていますが、北部の山上にあるのが、日本一高い送電鉄塔(中国電力大三島支線No

大久野島毒ガス資料館

広島県竹原市、大久野島の第一桟橋近くにあるのが、大久野島毒ガス資料館。戦前、戦時中、大久野島では帝国陸軍の化学兵器(毒ガス)開発が行なわれたことから、地図にも記載されず、「地図から消された島」といわれていました。そんな戦前、戦時中の歴史を

 

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