丸亀市のシンボルともなっている丸亀城は、亀山(標高66m)の山頂に本丸を配した平山城。1597(慶長2)年、豊臣秀吉の配下として活躍した生駒親正(いこまちかまさ)が讃岐17万石を与えられ入城し、6年の歳月を要して近世の城郭に変えています。本丸、二の丸、三の丸と、下段の帯曲輪(おびくるわ)、山下曲輪を亀山公園として整備。
天守は「現存12天守」のひとつで国の重要文化財
城跡が亀山公園として整備される亀山城。
亀山公園は、日本の歴史公園100選にも選定されています。
城の北側(JR丸亀駅側)が玄関となる大手で、南側が搦手(裏側)。
本丸には1660(万治3)年築の天守(御三階櫓)も現存し、三層三階の天守、大手一の門、大手二の門が国の重要文化財に指定されています。
藩主玄関先御門・番所・御駕篭(おかご)部屋・長屋は県の有形文化財。
高台にある本丸からは、北に瀬戸内海の島々や瀬戸大橋、南には讃岐富士の雄姿を眺望。
春は桜の花が咲き、桜と讃岐富士のベストショットポイントとなります。
藩主が居住した御殿(山下御殿)は、現在の丸亀市立資料館北側の芝生部分に建っていました。
讃岐国高松藩の政庁は、高松城。
1615(元和元)年の一国一城令に際しては、時の藩主・生駒正俊は城を樹木で覆い隠し、人の出入りを禁じて廃城から守ったのだとか。
美しい日本一の高さといわれる石垣にも注目
その後、1641(寛永18)年、山崎家治が肥後国富岡(現熊本県天草郡苓北町)から5万石で入封し、丸亀藩が立藩しています。
山崎氏3代の後には、京極氏の居城となり、明治維新を迎えています。
戦後、外堀が埋め立てられ、往時の城下町の雰囲気が薄れました。
丸亀城は石垣の美しさでも知られる城。
「扇の勾配」と称される北側の石垣は、高さ50m余り、裾は緩やかに曲線を描き、上部に向かって、垂直に近い状態に反っています。
対照的に、直線の美しさを有する城の南側摺手門付近の石垣は、敵に備えた造り。
毎年ゴールデンウィークには『丸亀お城まつり』が開催され、全日本うどん選手権、全日本骨付鳥選手権、丸亀の獅子舞競演などが実施されています。
なお、大手一の門内見学希望の場合は、城内観光案内所(お土産ショップ=天守登り口の見返り坂の麓)に立ち寄りを。
また3月~12月の毎週日曜9:30~12:00の間なら丸亀城内見返り坂付近(城内観光案内所前)でボランティアガイドが待機。
丸亀城の魅力、見所や歴史などを1時間ほど案内してくれます(無料)。
正保城絵図に見る丸亀城の縄張り
1644(正保元)年12月、徳川家光は全国の大名に対して詳細な城絵図の提出を命じました。これが『正保城絵図』。
現存する『正保城絵図』は63点で、丸亀城もそのうちのひとつ。
丸亀城 | |
名称 | 丸亀城/まるがめじょう Marugame Castle |
所在地 | 香川県丸亀市一番丁 |
関連HP | 丸亀城公式ホームページ |
電車・バスで | JR丸亀駅から徒歩15分 |
ドライブで | 瀬戸中央自動車道坂出北ICから約6.5km |
駐車場 | 丸亀城内資料館南側(50台/無料)・市民ひろば駐車場(22台/無料) |
問い合わせ | 丸亀市文化財観光案内会事務局 TEL:0877-22-6278/FAX:0877-24-8868 |
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