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坂本龍馬生誕地の碑

天保6年11月15日(1836年1月3日)、土佐藩の郷士・坂本長兵衛の次男として、高知城下本丁筋に生まれた坂本龍馬(さかもとりょうま)。19歳で剣術修行のため江戸に旅立つまで、高知城下で青春時代を過ごしています。国道33号沿いの上町病院前に坂本龍馬生誕地の碑が立っており、多くのファンが訪れています。

今は病院、ホテルとなった坂本龍馬の生誕地

早くに母を失った龍馬は3人の姉(千鶴、栄、乙女)に育てられますが、とくに長女・乙女のスパルタ教育は有名。
龍馬には寝小便の癖があり、弱虫だった龍馬を勤皇の志士にまで育て上げたのも長女・乙女。

坂本龍馬が生まれ育った屋敷や界隈の姿は都市化の波でまったく見受けられませんが、国道33号沿いの上町病院前に誕生の地碑が建てられています。
すぐ裏手の「龍馬の宿 南水」は龍馬の屋敷の敷地跡に建つホテル。
ロビーには、京都国立博物館所蔵の龍馬愛用の紋服を霊山歴史館で複製の際に割り出した採寸に基づき、忠実に再現した紋服が飾られています。

坂本龍馬
坂本龍馬は坂本家の末っ子として、土佐国土佐郡上街本町一丁目(現・高知市上町1丁目)に天保6年11月15日(1836年1月3日)に誕生。
上町は藩政時代には郷士たちの屋敷町だった場所で、坂本龍馬の生家があった場所は現在、上町病院、「龍馬の宿 南水」となっています。
坂本家の本家は4代目が高知城下で質屋「才谷屋」を開業。
後に商売を拡大し、代を重ねて大資産家となっています。
6代・坂本直益の時に長男・直海が藩から郷士御用人に召し出されて坂本家を興したのが武家としての始まり。
下級武士の郷士でしたが、分家の際に才谷屋から財産を分与され、裕福な家庭でした。
幕末に薩長同盟の斡旋などに活躍しますが、慶応3年11月15日(1867年12月10日)、近江屋で暗殺(近江屋事件)。

 

坂本龍馬生誕地の碑
名称 坂本龍馬生誕地の碑/さかもとりょうませいたんちのひ
所在地 高知県高知市上町1-7-34
関連HP 高知市公式ホームページ
電車・バスで JR高知駅からとさでん交通で18分、上町1丁目下車、すぐ
ドライブで 高知自動車道高知ICから約6kmで県庁前通り地下駐車場
駐車場 県庁前通り地下駐車場(222台/有料)
問い合わせ 高知市観光振興課 TEL:088-823-9457
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

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