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蹴上インクライン

蹴上インクライン

滋賀県の琵琶湖と京都市を結ぶ琵琶湖疏水(びわこそすい/明治23年4月9日開通)は、発電や灌漑に利用するだけでなく、舟運にも使われましたが、途中の勾配を克服するため、傾斜鉄道(インクライン)を利用しました。伏見と蹴上にありましたが、現存するのが蹴上インクラインです。近代化産業遺産にも認定。

琵琶湖疏水を走る船を引っ張り上げる傾斜鉄道

船を台車に乗せてレールで移動させています

蹴上インクラインは、船を台車に載せ、蹴上と南禅寺の船溜り間の琵琶湖疏水の落差を克服するもの。

明治24年5月に琵琶湖疏水の水を利用し、京都の町に電力を供給した蹴上発電所が完成。
その電力を利用して、船を上下させるモーターを動かしたのです。
明治24年12月26日に営業開始し、鉄道輸送の発達で、昭和23年11月26日に運行を休止するまで、琵琶湖と京都を結ぶ重要な輸送ルートとなったのです。

開業時の明治24年、旅客は大津〜蹴上間の下りが1時間22分30秒で4銭、上りが2時間20分で5銭と並行する鉄道の京都〜馬場間が運賃上等50銭(往復75銭)、中等30銭(往復45銭)、下等15銭より格安で多くの利用を呼び込みました。
その後、年間13万人ほどが利用するようになりましたが、明治44年の京津電気軌道(現京阪京津線)の古川町〜札ノ辻間開業、大正4年、京阪本線五条〜三条の延長(大津〜京都〜伏見が全通)で旅客輸送に携わった京近曳船(開業時は京都疏水通船)は廃業しています。

工事中の蹴上インクライン

台車2台とレールが往時のように復元

復元された線路
この台車に船を載せて線路上を牽引

インクラインの廃止後、レールも一旦撤去されましたが、産業遺産として保存するために復元されることが決まり、昭和52年5月に完成。
復元された台車が2台(坂の途中と、蹴上船溜り)残され、国の史跡、さらには経済産業省の「京都における産業の近代化の歩みを物語る琵琶湖疏水などの近代化産業遺産群」のひとつになっています。

琵琶湖疏水は、京都府の第3代知事である北垣国道(きたがきくにみち)の発案で、工部大学(現在の東京大学)を卒業したての田辺朔郎を工事責任者とし、明治18年に着工、明治23年に竣工。

琵琶湖の水を京都の産業や水道に生かすだけでなく、インクラインによって舟を運ぼうという大胆なプロジェクトで、わが国初の日本人による近代的な土木工事となりました。
インクラインは、船が上がれない急な坂を貨車を使って引っ張り上げるための線路。
三十石船をそのまま台車に載せて上下させることで、京都と琵琶湖に船による行き来が可能となったのです。

琵琶湖疏水に使われたレンガは、現在の山科区御陵原西町に専用の工場を設置し、ここで1370万個を焼成しています。
伏見にもインクラインがありましたが、国道24号拡幅用地に転用され現存していません。

ソメイヨシノ咲く春はお花見散策も!
蹴上インクライン
名称 蹴上インクライン/けあげいんくらいん
Keage Incline
所在地 京都府京都市東山区東小物座町
電車・バスで JR京都駅から市バスで34分、南禅寺永観堂前下車、徒歩8分。または地下鉄東西線蹴上駅からインクラインをくぐり歩行者専用道で徒歩5分
ドライブで 名神高速道路京都東ICから約14km
駐車場 南禅寺駐車場(50台/有料)
問い合わせ 京都市上下水道局水道部疏水事務所 TEL:075-761-3171/FAX:075-752-3083
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

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