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慶恩寺

慶恩寺

奈良県宇陀市大宇陀春日にある浄土宗鎮西派の寺が、慶恩寺(けいおんじ)。吉野山に南朝の皇居が築かれた南北朝時代、宇陀松山城(当時の名称は秋山城)を築いた秋山氏の菩提寺。寺伝によれば695年(持統天皇9年)創建という古刹で、安政年間(1854年〜1860年)の火災で往時の建物を失っています。

秋山城主・秋山氏の菩提寺

695年(持統天皇9年)、吾城(宇陀市大宇陀付近、万葉集の阿騎野)の行宮(行幸時の宮殿)を賜って創建したと伝わる古刹で、文治2年(1186年)、奈良大仏殿再建の際には、俊乗坊重源が伽藍指図の5分の1で、寺の伽藍を建築(試作)したと伝えられています。

天正13年(1585年)、豊臣秀長(とよとみひでなが=豊臣秀吉の異父弟)の大和郡山入部に伴い秋山氏は宇陀から伊賀へと退去しています。
江戸時代の初め、宇陀郡は織田信雄(おだのぶかつ=織田信長の次男)・高長・長頼・信武の4代が80年にわたり宇陀松山藩の藩主となり治世を行なっていますが、慶恩寺の南側が織田家の上屋敷だった地。

本尊は快慶作という阿弥陀如来。

慶恩寺
名称 慶恩寺/けいおんじ
所在地 奈良県宇陀市大宇陀春日262
電車・バスで 榛原駅から奈良交通バス大宇陀行きで13分、五十軒下車、徒歩7分
ドライブで 西名阪自動車道天理ICから約25km
駐車場 30台/無料
問い合わせ 慶恩寺 TEL:0745-83-0122
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

宇陀松山城

奈良県宇陀市にある山城の跡が、宇陀松山城(うだまつやまじょう)。南北朝時代に築城され、江戸時代初期の元和の一国一城令で廃城になった城で、城下町は宇陀市松山伝統的建造物群保存地区に選定され、「森野旧薬園」などがあります。国の史跡に指定されるほ

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宇陀松山城・春日門跡

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