壺屋の荒焼登り窯

壺屋の荒焼登り窯

沖縄県那覇市壺屋1丁目、荒焼(アラヤチ)と呼ばれる素焼きの陶器を焼成する登り窯が、壺屋の荒焼登り窯(つぼやのあらやちのぼりがま)。焼物の本場、壺屋に現存する唯一の登り窯で、登り窯を保護している石牆(せきしょう=石積み)とともに沖縄県の有形文化財に指定されています。

壺屋に現存する最古で唯一の登り窯

琉球王府のあった那覇市にある焼物の里「壺屋」は、康煕21年(1682年)、美里(みさと/現・沖縄市)にあった知花窯、首里の宝口窯、泉崎一帯にあった湧田窯を一つにまとめて壺屋村をつくったのが始まり。
その際に、築かれたとされるのが、現在の登り窯で、フェーヌカマ(南側にある窯)とも称され、酒を入れる甕(かめ)や水甕、厨子甕(ずしがめ=沖縄県など南西諸島で使われる蔵骨器)などが焼成されました。
壺屋焼は釉薬を施した上焼(ジョーヤチ)と素焼きの荒焼(アラヤチ)に大別できますが、この登り窯で焼かれたのは荒焼(アラヤチ)です。
民藝の濱田庄司が壺屋焼を見出した頃には上焼(ジョーヤチ)が主体でしたが、琉球王府の時代には、荒焼(アラヤチ)がメインに生産され、アンマー(女性)5人ほどで乾燥させた壺を登り窯へと運び、登り窯に並べ、松を燃料にして焼成したのです。
その際、ベテランの老人がカマバン(窯番)、ヒーバン(火の番)を担当し、火を絶やさないように薪をくべ続けました。
7日間燃やし続けるとようやく最上部までに熱が届き、10日目でイーヌイッチン(上部の窯口)から製品を取り出す窯出しが行なわれました。

傾斜地を利用した粘土造りの登り窯は、全長16.5m、幅3.2m、下部にヒーグチ(焚き口)を設け、窯の内部は仕切りがないトンネル状に。
窯は沖縄らしい赤瓦の屋根で覆われ、屋根を支える柱は類焼しないように琉球石灰岩の角柱または数個の積石になっています。

壺屋の荒焼登り窯
名称 壺屋の荒焼登り窯/つぼやのあらやちのぼりがま
所在地 沖縄県那覇市壺屋1-86地先
関連HP 那覇市公式ホームページ
電車・バスで ゆいレール牧志駅から徒歩10分
ドライブで 那覇空港から約5.5km。または、沖縄自動車道那覇ICから約5.2km
駐車場 周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ 那覇市文化財課 TEL:098-917-3501
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
壺屋やちむん通り

壺屋やちむん通り

沖縄県那覇市の壺屋地区にある石畳の続く通りが壺屋やちむん通り。壺屋は1682年に琉球王府の政策で、当時3ヶ所あった陶窯の職人たちを集めて開いた窯場。歴史と伝統を引き継ぎながら、現在も20軒余りの工房が「壺屋焼」を作り続けており、やちむん通り

 

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