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臼杵城・大門櫓

臼杵城・大門櫓

大分県臼杵市にある臼杵城の二の丸の正門が、大門櫓。現在は埋立により臼杵市街地となった丹生島(にゅうじま)に、永禄5年(1562年)、大友宗麟(おおともそうりん)が築いた海城が臼杵城。畳櫓、卯寅口門脇櫓は往時のままに現存していますが、大門櫓は平成13年の再建。

近世の二の丸正門(櫓門)を復元

関ヶ原の合戦直後の慶長5年(1600年)、 稲葉貞通(いなばさだみち)が美濃国・郡上八幡城から5万石で入封し。臼杵藩を立藩、以降明治まで稲葉氏15代の居城となったのが、近世の臼杵城です。

明治6年に一部の櫓を除いた主要な城郭が取り壊され、畳櫓(二の丸跡南西隅)、卯寅口門脇櫓(本丸跡南東隅)という2つの櫓を除いて現存する建築物はありませんが、平成13年に古絵図、古写真などを元にして大門櫓を復元。

この大門櫓は、稲葉氏入封時に築かれたと推測される櫓門で、宝暦13年(1763年)に焼失。
その5年後に再建されるも、明治維新の際に取り壊されています。

現在は、臼杵城の本丸跡と二の丸跡が臼杵公園となり、その間には深い空堀と石垣が残されているため、この大門櫓が臼杵城(城跡公園)の玄関口のようなかたちになっています。

臼杵城・大門櫓
名称 臼杵城・大門櫓/うすきじょう・だいもんやぐら
所在地 大分県臼杵市臼杵
関連HP 臼杵市観光情報協会ホームページ
電車・バスで JR臼杵駅から徒歩10分
ドライブで 東九州自動車道臼杵ICから約3.4kmで市営下屋敷前駐車場
駐車場 市営下屋敷前駐車場(45台/30分まで無料、以降有料)
問い合わせ 臼杵市産業観光課 TEL:0972-63-1111
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

臼杵城

大分県臼杵市にある続日本100名城に選定される連郭式平山城の跡が臼杵城跡(うすきじょうせき)。現在は臼杵市街地となった丹生島に、戦国時代の永禄5年(1562年)、大友宗麟(おおともそうりん)が築いた海城。大友家の本拠はもともと府内城(現在の

臼杵城・畳櫓

大分県臼杵市にある臼杵城に現存する往時の櫓のひとつが、畳櫓。江戸時代の臼杵城は本丸、二の丸の周囲は海で、陸側の三の丸とは今橋と古橋で連絡されていました。古橋口から二の丸へと登城道・鐙坂(あぶみざか)を上ると畳櫓が建っています。往時には中門櫓

臼杵城・卯寅口門脇櫓

大分県臼杵市にある臼杵城に現存する往時の櫓のひとつが、卯寅口門脇櫓(うとのぐちもんわきやぐら)。本丸奥に鎮座する卯寅稲荷神社近くに建つ二重櫓で、卯寅口を見下ろす監視櫓。卯寅口は城の搦手(からめて=裏門)にあたり、緊急時には、卯寅口から船を出

臼杵城・大友砲(国崩し)

大分県臼杵市にある臼杵城の二の丸跡に設置されるのが、大友砲(国崩し)。天正4年(1576年)、大友宗麟(おおともそうりん)が、ポルトガル人宣教師たちから火縄銃とともに購入し、臼杵城に設置された佛狼機砲(フランキ砲)のレプリカで、日本で最初の

 

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