東京でいえば不忍池、井の頭公園、阪神では万博記念公園、国営明石海峡公園などなど、ボート遊びで人気なのがスワンボート。スワン型の足こぎボートは、明治10年(1877年)、アメリカ・ボストンで発祥したといわれますが、日本で初登場はいつ頃で、どこだったのかは、まったく知られていません。
ルーツはボストンで生まれた大型ボート

ボストンのパブリックガーデン(public garden)にスワンボートを浮かべたのは、ロバート・パジェット(Robert Paget)。
ペダルで動かせる双胴船スタイルで、大のオペラ好きということもあって、リヒャルト・ワーグナーのオペラ「ローエングリン」(Lohengrin=白鳥の騎士の話)からヒントを得たものです。
当時、カナディアンカヌーを2挺並べ、外輪船のような動力部分をペダルで稼働するという発想はすでにありましたが、この駆動部分を白鳥で隠したことが斬新なアイデアで、スアンボート(swan boats)と称されるようになったのです。
つまり、人力の遊覧船でその前に5列~6列の座席が配置されるという大型のボート。
スワンボートとはいうものの、スワンのマスコットが乗船する遊覧船という雰囲気です。
スワンボートが生まれた明治10年、日本では西南戦争で西郷隆盛が戦死した年。
そんな時代に生まれたとはとても想像がつかないほどの歴史を有しています。
日本国内でも大正14年夏、琵琶湖観光協会が瀬田の唐橋にオープンさせた瀬田橋遊園地には、スワンボートが導入されており、記録に残される日本初のスワンボートになっています(スワンボートの製造元などは不明)。
「自転車+ボート×白鳥」で、日本式スワンボートが誕生

確認できる日本におけるスワンボートの誕生は、意外に新しく昭和53年のこと。
年配の人が若い頃のデートでは、スワンボートではなく、手漕ぎのロウボートだったはずです。
日本国内で足こぎボートの普及が遅れたのは、昭和49年5月までは湖上でのモーターボートは小型船舶操縦士の免許が必要なかったため(初めて5トン未満の船舶にも免許制度を適用)。
湖に行けば気軽にモーターボートを操縦できるという今では信じられないような時代があったのです。
当然、不慣れなモーターボートでの運転による事故が多かったのですが、船舶職員法は、職業船員を対象とした法律だったため、海や湖でのレジャーを目的とした人々を規制することには無理があったのです。
この5トン未満のモーターボートへの小型船舶操縦士の義務付けは、モーターボートを製造するメーカーにとっては大打撃となります。
そこで、従来はモーターボートを製造していた群馬県のボートメーカ「スナガ」(群馬県邑楽郡明和町)は、苦肉の策として足漕ぎのボートを開発します。
「スナガ」創業者の砂賀良夫は、湖から子どもたちの歓声を取り戻すため、子どもたち自身が動かせるボートの開発に取り組みました。
当時の観光といえば、鉄道旅行がまだ多く、旅先ではサイクリングを楽しむ人も多かったことから、この「足でこぐ」という手法に目をつけます。
昭和50年、満を持して「自転車+ボート」の足こぎボートを世に出しますが、これがさっぱり不評で、全国のボート屋さんからは見向きもされなかったそうです。
機能性を重視した「箱型」だったことで、観光的な要素に欠けることが最大の原因だったのです。
そんな最中(さなか)、会社近くの多々良沼(たたらぬま/群馬県館林市)で白鳥が渡って来たことを目にします。
池に浮かぶ優雅な白鳥の姿からインスピレーションを受け、昭和53年、改良して白鳥型のスワンボート1号機を世に送り出します。
当初は、なかなか売れなかったそうですが、改良を重ねて徐々に売れ行きも向上。
最大のヒット要因は、意外にも尻尾を付けたこと。
現在ではなんと国内のスワンボートの9割をも占める独占企業となっているのです。
スワンボートはボストン発祥といわれていますが、まったく別のタイプです。
ルーツのボストンとは異なる小型のボートで、船体をすっぽり白鳥で覆うのは、文字通り日本初となったのです。
ちなみにスナガでは、サイクル足こぎボートと呼んでいて、テントウムシ型なども製造するほか、大型の白鳥型遊覧船も製造しています。
| 今や池や湖を席巻! スワンボートの歴史 | |
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