津城(お城公園)・天守台跡
三重県津市丸之内、津城(お城公園)の城山稲荷神社東側にあるのが、天守台跡。津藩の藩祖となった藤堂高虎は、津城の修築にあたって、天守は構築していないので、天守台は織田信包時代に5層の天守が建っていた跡とも、富田家時代に3層…
三重県津市丸之内、津城(お城公園)の城山稲荷神社東側にあるのが、天守台跡。津藩の藩祖となった藤堂高虎は、津城の修築にあたって、天守は構築していないので、天守台は織田信包時代に5層の天守が建っていた跡とも、富田家時代に3層…
豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に、外征基地として築いた城が名護屋城(佐賀県唐津市)。北西に壱岐、対馬の島影を視認し、加部島が防波堤の役割をする地に築いた、当時、大坂城に次ぐ規模の巨城です。その中心で、丘陵の高台に位置し、五層の天…
本丸(天守・御殿)、二の丸、三の丸と、さらには指月山に詰城と堅牢な防御を誇った萩城。本丸の南西部に配された天守は桃山時代初期の様式で、高さ21m、5層5階の複合式望楼型の壮麗なものだったとか。現在は天守跡(天守台)の石垣…
江戸城の本丸と二の丸、三の丸跡を整備し、昭和43年から一般に公開したのが皇居東御苑。「皇居附属庭園」というのが元来のスタイルで、今も宮内庁の管理です。
昭和41年2月に音楽好きの香淳皇后(こうじゅんこうごう=昭和天皇の皇后)の還暦記念として建設された200名収容の音楽ホール。キンポウゲ科の「テッセン」の花弁(八弁花)を形どつた屋根と八面体という珍しいフォルムで、江戸城本…