【江戸の旅】毎年、江戸の人の2割が登拝、丹沢・大山寺とは!?

江戸時代、伊勢参りとともに江戸の庶民に人気を博したのが、大山詣(おおやまもうで)。丹沢大山の阿夫利山大山寺(あぶりさんおおやまでら/現・神奈川県伊勢原市大山)に詣でるもので、そのためのルートは、今も大山道(大山街道)としてその名を残しています。

江戸時代に沸き起こった大山詣の大ブーム

現在の国道246号ももともとは参詣者が列をなして歩いた大山街道(矢倉沢往還=青山通り大山道)が前身。
それ以外にも東海道・戸塚宿からの芝生通り大山道、熊谷から八王子を経て大山を目指す八王子通り大山道、日光街道・奥州街道の粕壁宿(春日部)から府中を経由する府中通り大山道、藤沢と大山を結ぶ村通り大山道など、関東各地から大山を目指す街道が整備されました。

東京都板橋区の大山町、東武東上線・大山駅も、大山街道の玄関口として機能し、茶屋があったことが名の由来です。

江戸時代、江戸の人口は100万人ほど。
年間20万人の人が大山に詣でているので、単純計算すると、5年間で江戸の庶民全員が大山に詣でていることになります。

当然、何度も大山に出かける常連もいて、多くはお伊勢参りや富士山と同様に「講中」(こうじゅう)を組織(現在の旅行代理店的な機能も有していました)、場合によっては江ノ島詣でや箱根権現の参詣とセットで、あるいは伊勢参りの途中などに立ち寄っていました。

丹沢・大山はその名の通り、江戸から眺めると富士山の下に立ちはだかる大きな山。
東海道を京へと下る旅人からも印象的に仰ぎ見る山でした(現在も東海道新幹線の車窓からひときわ目立つ存在です)。

当然、古(いにしえ)から信仰の対象となり、別名を「雨降山」(あめふりやま)と称するように、雨乞い、そして五穀豊穣という祈願の対象となったのです。
江戸庶民は商売繁盛の願掛けもありましたが、行楽を兼ねた物見遊山的な人も多かったのです。

大山詣の繁栄は、徳川家康がもたらした!

大山詣のルーツは、意外にも豊臣秀吉の小田原攻めにあります。
当時の大山寺(神仏習合)の修験者たちは、武装して小田原の北条氏に与していたのです。
僧兵化した修験者を秀吉によって関東に封じられた徳川家康は見逃しはずもありません。

家康は大山寺の僧兵を武装解除し、純粋に信仰の地となるように山内改革を実施。
しかも幕府の財政支援も行なって、信仰の対象としての発展を促したのです。

武装化していた修験者、妻帯している僧侶たちを大山寺から追放しましたが、彼らは石尊大権現への信仰を捨てることなく、大山山腹で神殿(神仏習合)を備えた宿坊を営む御師(おし)に転じたのです。
宿坊を営む傍ら、関東各地を巡って檀家を募り、講中を組織。
ご利益があるという御札を配り、初穂を貰うというシステムを築き上げたのです。
この御師は、旅行業的な機能をも有しながら、大山寺に祀まつられる不動明王、さらに大山山頂の石尊大権現のありがたいご利益を説いたのです。
しかも年間100日は「出張」に明け暮れたので、またたく間に信仰は関東一円に広がりました。

江戸周辺から大山詣の最大のメリットは、関所を通らないこと。
つまりは道中手形の必要がなく、手軽に出かけることができたのです。
加えて3泊、4泊という短い日程で旅できることから、最盛期には信州や越後、会津などにも広がり、100万人を抱える大きな組織になっていました。

参拝に際して奉納するのは巨大な太刀。
源頼朝が武運長久を祈願して奉納した故事に倣い、グループ(講中)ごとに肩に巨大な木太刀を担いで大山を目指したのです。

現在では大山ケーブルカーが架けられ、気軽に登拝することができます。
山麓には御師の家が今も宿坊(旅館)を営んでいることもあり、往時の旅を知ることもできます。

料理自慢の宿坊が多数(宿坊「かげゆ」の料理)
【江戸の旅】毎年、江戸の人の2割が登拝、丹沢・大山寺とは!?
名称 大山寺/おおやまでら
所在地 神奈川県伊勢原市大山724
電車・バスで 小田急線伊勢原駅から神奈川中央交通バス大山ケーブル駅行きで26分、終点下車、大山ケーブルカーで大山寺駅下車
ドライブで 東名高速道路厚木ICから約13km
駐車場 市営第1駐車場(84台/有料)・市営第2駐車場(44台/有料)
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
大山(丹沢)

大山(丹沢)

山にかかる雲により、地元の人が天気の予測に、海上からは位置を知る目印として使われてきた丹沢の霊峰が大山(標高1252m)。明治初年の神仏分離以前、中世、近世の神仏習合時代には、山中の大山寺に祀られる不動明王、山頂に祀られた石尊大権現の霊験か

大山寺(大山不動尊)

大山寺(大山不動尊)

大山ケーブルの中間駅「大山寺駅」にある大山不動尊(雨降山大山寺)は、成田山新勝寺、高幡不動尊金剛寺と並んで関東三大不動のひとつに数えられる真言宗大覚寺派の大本山。天平勝宝7年(755年)開山の古刹で、神仏習合時代から真言密教の修験道場として

大山ケーブルカー

大山ケーブルカー

大山詣での御師(おし)の町並みが残る大山ケーブル駅(山麓駅)と中間駅の大山寺駅を経て阿夫利神社駅(あふりじんじゃえき=山上駅)を結ぶ大山観光電鉄の運行するケーブルが大山ケーブルカー。大山ケーブルバス停からみやげ屋や名物の豆腐料理の店が集まる

大山阿夫利神社下社

大山阿夫利神社下社

神奈川県伊勢原市、雨乞い信仰も残る丹沢の名峰・大山(標高1252m)の中腹(標高700m)に建つのが阿夫利神社下社(おおやまあふりじんじゃしもしゃ)。阿夫利の名は雨降りに由来するともいわれています。江戸時代には大山権現へと詣でる大山詣での参

よく読まれている記事

こちらもどうぞ