大山阿夫利神社下社

大山阿夫利神社下社

神奈川県伊勢原市、雨乞い信仰も残る丹沢の名峰・大山(標高1252m)の中腹(標高700m)に建つのが阿夫利神社下社(おおやまあふりじんじゃしもしゃ)。阿夫利の名は雨降りに由来するともいわれています。江戸時代には大山権現へと詣でる大山詣での参詣客で大いににぎわいをみせました。

神仏習合時代に大山詣でで賑わった

平安時代編纂の『延喜式神名帳』にも記載される古社、大山阿夫利神社。
神仏習合の江戸時代、現在の大山阿夫利神社下社の位置にあった大山寺雨降神社に祀られる不動明王と大山の山頂に祀られた石尊大権現の霊験は、江戸の町にも伝わり、大山講が組織されました。

春日野局(かすがのつぼね)は、徳川家光が将軍になることを大山不動に祈願、念願が叶ったことで徳川家光は寛永16年(1640年)、大山寺の造営に着手し、大山寺の全盛時代を迎えています。
江島弁財天(現在の江島神社)への江の島詣、箱根権現(現在の箱根神社)箱根詣と兼ねて、庶民は旅行感覚で大山権現に参拝し、その数は全盛期にあたる宝暦年間(1751~1764年)には年数十万が訪れるほどに隆盛したのです。
とくに「夏山」と呼ばれる期間(旧暦6月27日~7月17日)には集中して多くの人々が訪れました。
東京周辺に大山街道という名が残るのも、その証。
国道246号は大山道(おおやまどう)の代表的な存在です。

さらに富士山に参詣するだけでは「片参り」という考えが、大山御師(大山寺雨降神社の御師)、富士山御師などに喧伝(けんでん)され、富士山と大山の両霊山に登拝する「両詣り」も盛んに行なわれるようになったのです。
大山の山中には、「從是右富士浅間道」(これよりみぎふじせんげんみち)と刻まれた標石も残されています。

大山阿夫利神社下社
境内からは伊勢原市街を眼下に

大山ケーブルで気軽に参拝可能

明治初年の神仏分離令、廃仏毀釈で、大山寺と大山阿夫利神社が分離。
国学者・権田直助(ごんだなおすけ)らが仏教的な施設を破却し、大山寺の建つ場所を大山阿夫利神社下社、そして大山山頂の石尊大権現を大山阿夫利神社の頂上本社としています。

神社では1月7日の『引目祭』、『筒粥祭』、7月27日〜8月17日の『夏季大祭』(7月27日が『例大祭・夏季大祭始め』)など多くの神事、祭礼が今も伝承されています。

大山阿夫利神社下社へは、大山ケーブルカーで到達できるので(阿夫利神社駅下車)、気軽に参拝ができます。
下社地下巡拝道には神泉「大山の名水」が湧いています。

境内からは、伊勢原市街を眼下にする絶景も。
『夏季大祭』時に参拝しても、下界よりはかなり涼しい冷涼な空気に包まれています。

本社(石尊大権現)は大山山頂にあり、下社から天満宮の半開きの門をくぐって、大山登山道を徒歩1時間30分ほど。

大山阿夫利神社下社
大山山頂への登拝道入口

 

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