渋民尋常小学校旧校舎
岩手県盛岡市渋民の石川啄木記念館に併設される、レトロな木造校舎(盛岡市指定文化財)が渋民尋常小学校の旧校舎。石川啄木の母校(明治28年卒業)で、明治39年に尋常科代用教員として啄木が教鞭を執った尋常小学校(尋常高等小学校…
岩手県盛岡市渋民の石川啄木記念館に併設される、レトロな木造校舎(盛岡市指定文化財)が渋民尋常小学校の旧校舎。石川啄木の母校(明治28年卒業)で、明治39年に尋常科代用教員として啄木が教鞭を執った尋常小学校(尋常高等小学校…
岩手県盛岡市渋民を流れる北上川沿いにある渋民公園(しぶたみこうえん)は、岩手山を仰ぎ見る小高い丘に整備されている公園。辺りは、石川啄木もよく散策をしたといわれる場所で、広場には大正11年建立、石川啄木の第1号歌碑「やはら…
岩手県盛岡市、盛岡城下の東、天神山に建つ菅原道真を祭神とする神社が盛岡天満宮。盛岡藩主の南部氏が三戸(さんのへ)時代から祀っていたと推測される古社で、現在地に遷座したのは延宝7年(1679年)。石川啄木お気に入りの狛犬(…
岩手県盛岡市、北山寺院群にある曹洞宗の禅寺が龍谷寺(りゅうこくじ)。明治4年~明治28年の間、石川啄木の母・カツの兄で歌人でもあった葛原対月(かつらはらたいげつ)が住職を務め、その縁で父・石川一禎と出会って両親が結婚した…
岩手県盛岡市、城下町・盛岡の北の寺町である北山寺院群は、石川啄木、宮沢賢治ゆかりの地。城下町の北辺の愛宕山麓に広がる寺町で、盛岡城の北方防備の役割をも担って、城下の町割りと同時に形成されたもの。北山寺院群を寺町通り(旧国…
岩手県盛岡市にある石川啄木、宮沢賢治ゆかりの曹洞宗の寺が報恩寺(ほうおんじ)。報恩寺は、盛岡市街の北の寺町(北山・名須川寺院群)に位置し、藩政時代には、盛岡五山のひとつに数えられていたという歴史ある古刹。石川啄木の詩集『…
明治の歌人・石川啄木が函館・青柳町(函館公園の北側)で暮らしたのは明治40年5月~9月までの短い期間でした。その間、離散していた家族を呼び寄せるなど、啄木にとっては、明るく楽しい生活だったといわれています。石川啄木は東京…
函館市を走る国道278号沿いの大森海岸にある公園が啄木小公園。明治40年に「石をもて追はるるごとく」、故郷・渋民(岩手県)を離れた石川啄木は、5月から函館大火に遭う9月まで、函館・青柳町に居を構えています。大森海岸は、そ…
明治43年築の旧第九十銀行本店本館を再生し、石川啄木と宮沢賢治が青春を育んだ盛岡の街とふたりの青春時代を紹介する博物館がもりおか啄木・賢治青春館。ふたりはともに盛岡中学の出身。旧第九十銀行本店本館設計者の横濱勉(よこはま…
中学時代からの友人である堀合節子と19歳で結婚した石川啄木が、明治38年6月4日から6月25日までの3週間を暮らした家が盛岡市に現存する啄木新婚の家。父母、妹との同居で人生は毎日が貧困との闘いでした。啄木・節子夫妻が質素…
4月13日は石川啄木の忌日「啄木忌」、島田軌道開業(日本で4番目の人車鉄道)、巌流島武蔵・小次郎決闘の日、文禄の役(豊臣秀吉の朝鮮出兵)が始まった日、喫茶店の日。また千葉県匝瑳市の松山神社で『神楽』が奉納されます。