現在、鉄道連絡船として運航されているのはJRでは宮島航路だけですが、かつては青函連絡船など5航路があり、それぞれが大動脈となっていました。東海道本線の全通以前には琵琶湖にも鉄道連絡船が就航していましたが、遺構が残されていないため近代化産業遺産には認定されていません。
稚泊連絡船|稚内〜大泊(樺太)
航路:北海道・稚内駅〜樺太・大泊駅
運航期間:大正12年5月1日〜昭和20年8月25日
距離:167.0km(営業キロ:210.0km)
所要:およそ8時間(夜行便)
内容:帝政ロシアとの間で結ばれた千島樺太交換条約で南樺太を領有した日本は、南樺太の大泊〜豊原に鉄道を敷設。
北海道内の官設鉄道天塩線(現・宗谷本線)と南樺太の樺太庁鉄道を結ぶかたちの鉄道連絡船を就航、北海道と南樺太を結ぶ大動脈として発展しました。
遺構:稚内港に稚内港北防波堤ドーム(土木遺産、北海道遺産、近代化産業遺産)
青函連絡船|青森〜函館
航路:青森駅〜北海道・函館駅
運航期間:明治41年3月7日〜昭和63年3月13日
距離:航路長113km(営業キロ:113.0km)
所要:3時間40分から4時間
内容:日本鉄道上野〜青森開業時、すでにあった青函航路が連絡運輸を行なわなかったため、鉄道省の航路として独自で運航を開始(日本鉄道は明治39年国有化)。
空襲や洞爺丸台風で多くの船が沈み、犠牲者を出しています。
最盛期には乗れない人も出る状況で、接続する列車の指定券を持つ乗客を最優先に乗船させることもありました。
貨車輸送も実施しましたが、青函トンネル開業で廃止に。
遺構:青森港の第2岸壁に「青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸」と可動橋、函館港に「函館市青函連絡船記念館摩周丸」が現存、それぞれの展示物は近代化産業遺産に認定
宇高連絡船|宇野〜高松
航路:岡山県・宇野駅〜香川県・高松駅
運航期間:明治43年6月12日〜平成3年3月15日
距離:航路長21.0km(営業キロ:18.0km)
所要:1時間、ホーバークラフトは23分
内容:宇野線の開通、宇野駅の開業に合わせて運航が開始され、本州と四国を結ぶ大動脈に発展。
関西はもちろん、東京からも宇野駅まで直通列車が運転され、四国と結ぶ船に連絡していました。
最盛期には「海の新幹線」と称してホーバークラフトも就航。
本四備讃線(瀬戸大橋線)の開業で廃止に。
遺構:宇野港に「宇高丸型」宇野航送場跡が現存し、近代化産業遺産に認定
関門鉄道連絡船|下関〜門司港
航路:山口県・下関駅〜福岡県・門司港駅
運航期間:明治34年5月27日
距離:営業キロ15.0km(廃止時には旅客輸送のみで0.8km)
所要:15分
内容:山陽鉄道(山陽本線の前身)が九州島内を走る山陽鉄道の路線に連絡するかたちで運航を開始、明治39年12月1日国有化され、鉄道省の運航に。
関門鉄道トンネルが開通で廃止に(トンネル化は戦時下で空爆を避けるために建設)。
関門鉄道トンネルが開通前年の昭和16年度には年間880万人が利用する大動脈でした。
遺構:車両航送発祥の地碑、下関鉄道桟橋跡碑、JR門司港駅、関門連絡船通路跡が近代化産業遺産に認定
尾道多度津鉄道連絡船(多尾連絡船)|尾道〜多度津
航路:広島県・尾道港〜香川県・多度津港
運航期間:明治36年2月〜明治43年6月12日
距離:不明
所要:不明
内容:宇高連絡船の開業以前、山陽本線の前身となる山陽鉄道傘下の山陽汽船商社が運航、明治39年12月1日国有化され、鉄道省の翼下となりますが東豫汽船が運航を担当しています。
宇高連絡船の就航で廃止に。
遺構:多度津港旧一文字防波堤、旧外港東防波堤、旧外港西防波堤が近代化産業遺産に認定
| 近代化産業遺産に認定! 鉄道連絡船の遺構 全5航路 | |
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