日本最古の列車愛称は、何!?

日本全国を走る有料列車(新幹線や特急)の大部分には「のぞみ」、「やまびこ」、「みずほ」などの列車愛称が付けられています。そんな列車愛称ですが、当初からあったものではなく、経済の落ち込んでいた昭和初期に、鉄道省が旅行需要の掘り起こし策として、欧米を真似て列車愛称を付けて以降、一般化したものです。

令和11年は「列車愛称100周年」

私鉄では大正13年、南海鉄道(現・南海電気鉄道)が、難波〜和歌山市間を走る4両編成の急行列車(和歌山方先頭車に喫茶室「ブッフェ」併結)に「浪速号」、「和歌号」、「住吉号」、「濱寺号」、「大濱号」、「淡輪号」と名付けていますが、客船の名称をイメージしたもので、あくまで例外的な存在(すぐに立ち消えてしまいました)。

大正12年の関東大震災、そして第一次世界大戦後(大戦時は「大戦景気」)の景気の落ち込み・昭和金融恐慌(昭和2年)で、経済は冷え切り、旅行熱も落ち込んでいました。
その対策として鉄道省(後の国鉄、現・JRグループ)は、欧米で流行していた列車愛称を取り入れることを考えたのです。

当時、鉄道省の花形列車は、東京〜下関を結ぶ特急列車。
なぜ花形かといえば、下関港で外洋航路の旅客船に接続する国際特急でもあったからです。
当時は1列車、2列車、3列車、4列車と単に番号が振られるだけの味気ないものでしたが、1列車・2列車(一等車、二等車のみで編成され、最後尾には一等展望車連結)に「富士」、3列車・4列車(三等車のみで編成)に「櫻」という愛称を付け、これが日本の鉄道における列車愛称の始まりとなったのです。
つまり、令和11年には列車愛称100周年となるのです。

さらに、それぞれの特急列車の最後部には、名前の絵柄(富士・櫻)が描かれたトレインマーク(テールマーク)が取り付けられました。

「富士」はその後も引き継がれ、最終的には東京駅〜大分駅を結ぶブルートレインとして活躍しましたが、平成21年3月14日のダイヤ改正で廃止に。
「櫻」は、戦後、東京駅〜大阪駅に不定期で運転された特急「さくら」に引き継がれ、後に東京駅〜長崎駅の寝台特急となり、現在は九州新幹線の列車愛称に転じています。

JRグループは、国鉄時代を踏襲し、「列車愛称」+「列車番号」というスタイルになっています。
かつて「あずさ2号」は、「8時ちょうどに新宿発」でしたが、現在は「下りは奇数、上りは偶数」というルールで、松本始発の上り列車に付けられています。

1等展望車に付けられたトレインマーク(さいたま市の「鉄道博物館」で展示)

公募された列車愛称

鉄道の利用者増を目的に、鉄道省の運輸局旅客課が列車愛称を一般公募。
「富士」1007票、「燕」882票、「櫻」834票という投票結果でした。
2位の「燕」は、「富士」・「櫻」誕生の翌年、東京〜神戸を結ぶ超特急に、満を持して「燕」の名が付けられているので、あえてスピード感のある「燕」は、温存したことがわかります。

九州新幹線の列車愛称も一般公募され、このときには「さくら」が、総数16万8951通の中から7927通で首位となり、選ばれた名前です。

東京駅開業100周年記念で運転されたリバイバル「富士」
日本最古の列車愛称は、何!?
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