【地図を旅する】vol.3 富士山頂は何県?

富士山頂は何県?

いきなりですが、まずは国土地理院の2万5000分の1地形図(TOPの画像)で、富士山頂の地図をじっくりとごらんください。Googleマップ、YAHOO!地図でも詳細な拡大図では静岡県と山梨県の県境の県界線が山頂近くでぷつりと切れています。富士山頂は、はたして何県なのでしょう?

江戸時代の富士山頂の帰属問題は、お鉢の投げ銭が原因

国土地理院の令和4年『全国都道府県市区町村別面積調』によれば、全国で県境の未確定な場所が17ヶ所もあります(近年、その数に変動がなく、ひとつも解決していません)。
そのなかで、もっとも注目を集めているのが、山梨県富士吉田市と静岡県駿東郡小山町との境界に位置する富士山頂というわけで、国土地理院の地形図でもお鉢から、小富士の間は、県境の線が引かれていません。
静岡・山梨県境は、この部分が未確定のため、富士吉田市と山梨県、小山町と静岡県の面積は、あくまで参考値ということになるのです。

では、なぜ富士山頂が県境未確定なのでしょうか? 
実は、「富士山はご神体」だったからなのです。

まず、富士山の山頂には所有者がいることをご存じでしょうか? 
富士山の山頂部分は国有地ではなく、昭和49年の最高裁判決で、富士山の8合目以上のほぼ全域が富士宮市にある冨士山本宮浅間大社奥宮の境内として認められているのです。

判決からかなり時のたった平成16年には、富士山8合目以上の国有地約385万平方メートルが、国(財務省)から冨士山本宮浅間大社側に無償で譲り渡されています。
冨士山本宮浅間大社が譲渡を求めた訴訟から30年も経過して、ようやく、財務省東海財務局と冨士山本宮浅間大社の間で譲与に関する文書が交わされ、帰属問題に決着がついたのです。

なぜ、冨士山本宮浅間大社が国を相手に裁判に勝利したのかといえば、慶長9年(1604年)に徳川家康と江戸幕府が8合目以上の土地を冨士山本宮浅間大社に寄進したことを示す古文書が存在するからです。
大宮司を頂点に、多くの社家、社僧を抱える神仏習合の組織で、浅間大神の本地仏が大日如来との本地垂迹説により、富士山頂上には大日寺という寺が建っていました。
江戸時代から富士山頂の帰属が大きな問題だったのは、山頂のお鉢などの投げ銭(内院散銭)など、莫大な賽銭収益があったから。
各登山口(村山口、大宮口、須走口)にあった大日寺・浅間神社は、こぞって山頂の帰属を主張したのは、このお賽銭が大きな収入源だったからで、その後も賽銭を巡っての山頂帰属問題は尾を引き、安永8年(1779年)、三奉行による裁許で、富士山の8合目以上が浅間大社帰属ということが再度、確定しているのです。
もともと戦国時代村山口は駿河を治めた今川氏に、須走口は甲斐の武田氏がそれぞれ内院散銭の取得権を与えていたので、話は複雑だったのです。
元禄16年(1703年)の争いでは、「「内院散銭は一番拾いを大宮と須走で6:4で分け、2番拾いは須走が得る」という寺社奉行の裁可が下り、安永元年(1772年)には勘定奉行・町奉行・寺社奉行のいわゆる三奉行による裁許で、ようやく、富士山の8合目より上は、富士山本宮浅間大社の領有という最終決定となったのです。

明治維新後は、公益性からいったんは国有地に

明治維新で富士山信仰も神仏分離、廃仏毀釈の荒波を受け、明治初頭の社寺領地の国への上地(上納)で、富士山の8合目以上は、無理矢理国有地となったことで、話はこじれます。
富士山8合目以上は、公益性が高いがゆえに、国有地であることが妥当とされたのです。

こうした中世以来の富士山頂領有問題に決着をつけたのが、昭和49年の最高裁判決。
最高裁の判決は、「富士山は浅間大社にとって宗教上の儀式や行事に必要な土地」と明快です。

冨士山本宮浅間大社は鎮座1200年以上という古社ですから、県境(あるいは国境)なんて論議は野暮なのかもしれません。
判決から30年も棚上げされた平成16年になって決着をみたのは、山頂付近の山梨・静岡県境が画定していないため土地登記もできなかったため。
山頂の県境問題を一時棚上げして、ようやく財務省東海財務局と冨士山本宮浅間大社の間で譲与に関する文書が交わされたという訳なのです。
土地の帰属問題は決着をみたものの、県境問題は先送りに。

「冨士山本宮浅間大社の本宮は富士宮にあるのだから(奥宮が山頂に鎮座)、富士山頂は静岡県のもの」というのが静岡県側の主張。
富士吉田市にも武田信玄の信仰した北口本宮富士浅間大社がありますが、あくまで全国1300余の浅間神社の総本宮は富士宮の冨士山本宮浅間大社です。
と、考えるとやや静岡県に分があるようにも思われるのですが、現在の登山者はスバルラインからの人が多く、山梨県も簡単には引き下がれません。
富士山が世界遺産に登録された後も、この県境門題だけは、解決策がありません。

地図(国土地理院)/地理院タイル

【地図を旅する】vol.3 富士山頂は何県?
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
富士山本宮浅間大社

富士山本宮浅間大社

全国に散らばる1300余りの浅間神社の総本宮で、世界遺産富士山(「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」)の構成資産の中核的な存在。祭神は木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと=浅間大神)。富士山自体がご神体で、山頂に奥宮が須走口・吉田口・河口

富士山頂上浅間大社奥宮

富士山頂上浅間大社奥宮

富士宮口山頂に鎮座するのが富士山頂上浅間大社奥宮。富士宮にある富士山本宮浅間大社の奥宮です。富士講全盛の神仏習合の時代から富士山の八合目より上部は神域でしたが、明治初年の廃仏毀釈後は仏教的な色彩が一掃され(山の名からも失われ)、代わって奥宮

東京にもあった県境未確定の地(葛飾区・小合溜)

【地図を旅する】vol.4 東京にもあった県境未確定の地(葛飾区・小合溜)

令和4年の『全国都道府県市区町村別面積調』によれば、全国で県境の未確定な場所は17ヶ所。日本のシンボル富士山頂の県境も確定していませんが、実は、首都である東京でも未確定の場所が全国最多の3ヶ所あります。そのうちのひとつが、葛飾区の水元公園周

東京にもあった県境未確定の地(江戸川区・旧江戸川河口)

【地図を旅する】vol.5 東京にもあった県境未確定の地(江戸川区・旧江戸川河口)

令和4年の『全国都道府県市区町村別面積調』によれば、全国で県境の未確定な場所は17ヶ所。そのなかで最多の3ヶ所が東京都との境界問題で、東京都は全国TOPの境界未確定都道府県に。東京ディズニーリゾートの横、江戸川の河口部分は舞浜地区の埋め立て

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

ABOUTこの記事をかいた人。

ラジオ・テレビレジャー記者会会員/旅ソムリエ。 旅の手帖編集部を経て、まっぷるマガジン地域版の立ち上げ、編集。昭文社ガイドブックのシリーズ企画立案、編集を行なう。その後、ソフトバンクでウエブと連動の旅行雑誌等を制作、出版。愛知万博公式ガイドブックを制作。以降、旅のウエブ、宿泊サイトにコンテンツ提供、カーナビ、ポータルサイトなどマルチメディアの編集に移行。

おすすめ

よく読まれている記事

こちらもどうぞ