今や幻の乗り物に! トロリーバスとは!?

横浜・トロリーバス

電車のように架線から電気をとり、しかも車体はバス同様というのが、トロリーバス。日本でも戦前に京都、名古屋、戦後に横浜、川崎、東京でも公営交通としてトロリーバスが導入されて活躍。その廃止後、立山黒部アルペンルートで復活しましたが、令和6年に廃止され、幻の乗り物に転じています。

都市交通の担い手として活躍したトロリーバス

京都・トロリーバス
京都で活躍したトロリーバス

トロリーバスと、「バス」と称しているものの、法律的には無軌条電車。
つまりはレールのない電車で鉄道の扱い。

日本国内では、大正時代から東京市(現・東京都)で、公営交通として導入する計画がありましたが、関東大震災で断念。
昭和3年8月1日、阪神急行電鉄(現・阪急電鉄)が、宝塚本線・花屋敷駅(昭和37年5月1日廃止)〜新花屋敷にトロリーバスを走らせたのが始まり。
新花やしきにあるヘルスセンターと遊園地への送客手段として、ガソリンエンジンのバスが上れない急坂に電気のパワーで上るバスとして導入されたものですが、距離も短く営業不振のためわずか4年弱で廃止されています。

公営交通としての導入は、鉄道省(後の国鉄、現・JRグループ)に山陰本線と路面電車の平面交差を拒否されていたため、それに代わるものとして無軌条電車(トロリーバス)を導入。
昭和7年に四条大宮〜西大路四条間が開業しました。
その後も路線が拡張、昭和44年10月1日に廃止されるまで活躍しています。

戦前は、戦時下の昭和18年、名古屋市も軍需工場への輸送手段として、簡易なバスと短い工期で建設できるトロリーバスを導入、東大曽根町〜桜山町間が開業しています。
戦後は、市電への転換が進み、昭和26年1月16日に廃止されています。

関東でも、戦後、横浜、川崎、東京で公営交通として活躍。
川崎は昭和42年5月1日、東京は昭和43年9月30日、最後まで残った横浜も昭和47年4月1日に全廃しています。

最後のトロリーバスは日本アルプスで活躍

そんなトロリーバスが、環境にいい乗り物として立山黒部アルペンルートの関電トンネル(扇沢〜黒部ダム)で営業が始まったのは、昭和39年8月1日。
同じアルペンルートの立山トンネル(室堂〜大観峰)も平成8年4月23日にトロリーバス化して、日本最高所の鉄道、鉄道駅となりました。

環境に良い乗り物として日本アルプスに登場したトロリーバスですが、老朽化とメンテナンスの問題で、電気バスに転換。
最後まで残った立山トンネルトロリーバス(立山黒部貫光)も令和6年12月1日、廃止となったのです。

世界を見てみると、中国、ロシア、フランスなどでは今もトロリーバスが活躍しています。
しかもチェコの首都プラハでは、次々とトロリーバス路線網が拡充、既存のガソリンバスがトロリーバスに置き換わっています。
通常のトラム(路面電車)よりも登坂能力にすぐれ、トラム同様の輸送力が確保できるというメリットがあります。
次世代のトラムとして、日本国内でも復活する日があるのかもしれません。

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