確実に誤解を生む! まさかの天守閣(12)唐津城|佐賀県

唐津城

佐賀県唐津市、松浦川(まつうらがわ)が唐津湾に注ぐ河口の横、満島山の山上にそびえ立つのが5重5階の唐津城の天守閣。唐津城は、唐津藩の藩庁で、寺沢広高(てらざわひろたか)が慶長13年(1608年)に完成させたもの。なぜ、誤解を生むのかといえば、実は佐賀城に天守はなかったからです。

天守台は残るも天守を描いた絵図はゼロ!

唐津城

佐賀県公式ガイドでは、「現在の姿は昭和41(1966)年に文化観光施設として完成したもので、5層の見事な天守閣が堂々とそびえています」と昭和41年に誕生した文化施設(模擬天守)であることは記述されていますが、「この天守閣(てんしゅかく)を要に、東西に伸びる松原が、鶴が翼を広げた形に似ていることから、唐津城は別名舞鶴城(まいづるじょう)ともいわれています」と、あたかも復元天守のような表現に。

唐津市観光課も「唐津城築城当初は、天守閣はありませんでしたが、昭和41(1966)年に文化観光施設として天守閣を建てました」とHPではなんとも曖昧な表現に。

唐津城の天守は、築城当初になかったわけではなく、明治維新に至るまで存在した形跡はないのです(ただし唐津城には、天守台はあり、建築計画はあった可能性も)。
唐津城に関する絵図は、築城当初から、幕府が諸大名に命じて提出させた『正保城絵図』 (しょうほうしろえず)などを含めて30枚ほどが現存していますが、そのいずれにも天守は描かれていないのです。

観光目的に建てられた豪壮な天守は、博物館に

唐津城
5階の展望フロアから城下町を眼下に

では、なぜ天守が存在しなかった唐津城に、天守を築いたのでしょうか。
それは昭和30年代は高度成長を背景に、全国にコンクリート製の復興天守が築かれた時代だからです。
史料が乏しいこともあって時代考証をした城郭はむしろ少ないくらいで、多くは博物館として天守閣風の建物を建て、観光誘致につなげようとしたという、テーマパーク的な発想でした。

唐津城は、慶長年間に築城ということで、初の築城となる天守も、慶長期のスタイルに。
当時の担当者もこの部分にはこだわりがあったようです。
山上という悪条件を克服し、5重5階地下1階という大大名クラスの豪壮な天守で、当時の心意気が伝わってきます。

天守内部は郷土博物館になっていて、唐津藩の資料や唐津焼などが展示され、唐津の歴史に触れることができ、利用価値は大。
しかも最上層は展望台としても楽しむことができ、唐津歴史テーマパークと考えるならなかなかの出来栄えです。
平成29年7月22日には全面リニューアルも行なわれ、石垣のトンネルが入館者を迎える唐津城地階の「ウェルカムフロア」、唐津城を拠点とした観光地や施設などを紹介する1階の「観光案内・体験フロア」は無料で利用ができるように。

唐津城下には、唐津藩の重要な産業であった捕鯨業を営んでいた鯨組の組主・中尾家の住宅「旧中尾家住宅(鯨組主中尾家屋敷)」も現存。
呼子朝市など、旅のコンテンツは数多いので、そのシンボルタワーとして、唐津城は君臨しているのです。

もし、慶長年間に、外様大名ながら立派な天守を建てたなら、こんな風だったのかも、というのが昭和41年築の唐津城が伝えたいロマンなのかもしれません。

確実に誤解を生む! まさかの天守閣(12)唐津城|佐賀県
名称 唐津城/からつじょう
所在地 佐賀県唐津市東城内8-1
関連HP 唐津観光協会公式ホームページ
電車・バスで JR唐津駅から徒歩25分。またはタクシーで7分
ドライブで 西九州自動車道(福岡前原道路)前原東ICから約27.2km
駐車場 唐津市営東城内駐車場(168台/有料)
問い合わせ 唐津城 TEL:0955-72-5697/FAX:0955-72-5716
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

唐津城

唐津城は、初代唐津藩主の寺沢広高(てらざわひろたか)が、1602(慶長7)年から7年の歳月をかけて築城。豊臣秀吉の文禄・慶長の役に際し築かれ、すでに廃城となっていた名護屋城の遺材を使用したとも伝えられます。松浦川が唐津湾に注ぐ河口の左岸、満

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