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富山市民俗民芸村 考古資料館

富山市民俗民芸村 考古資料館

富山市内にはなんと1050ヶ所もの遺跡がありますが、遺跡から発掘された旧石器時代から奈良・平安時代までの出土品を展示するのが富山市民俗民芸村考古資料館。富山市は北(東)の文化と南(西)の文化が交わる場所。東の石刃技法(縦長剥片)、西の瀬戸内技法(横長剥片)と石器の違いなどを学ぶことができます。

富山市内の古代遺跡から発掘された出土品を展示

富山市民俗民芸村考古資料館には、土器に墨で人の顔が描かれた人面墨書土器(じんめんぼくしょどき=奈良・平安時代の祭祀遺物)も展示されています。

富山県は、日本海側で最も多く人面墨書土器が出土する地で、越中国の古代祭祀を特徴づける遺物のひとつ。
富山市でも豊田大塚・中吉原遺跡(とよたおおつか・なかよしわらいせき=富山市豊田本町/弥生時代終末期から鎌倉時代の集落遺跡、縄文時代晩期から平安時代の祭祀遺跡)から出土し、富山市民俗民芸村考古資料館のキャラクター「バン爺」のモデルもこの人面墨書土器です。

神通川右岸の舟倉段丘上の南端に位置する直坂遺跡(すぐさかいせき/富山市直坂)からは、石刃技法(縦長剥片)の石器、そして瀬戸内技法(横長剥片)のナイフ形石器が出土し、東西文化の交流の地だったことが推測できます。

また、富山市域の旧石器時代の遺跡は、神通川右岸の船峅台地(ふなくらだいち)、呉羽丘陵・射水丘陵を中心に60ヶ所が確認されています。

ちなみに富山市内にある国の史跡は、縄文時代中期後葉(約4500年前)の大規模集落跡である北代遺跡(きただいいせき)、先縄文時代と縄文時代の直坂遺跡の2ヶ所です。

富山市民俗民芸村 考古資料館
名称 富山市民俗民芸村 考古資料館/とやましみんぞくみんげいむらこうこしりょうかん
所在地 富山県富山市安養坊47-2
関連HP 富山市民俗民芸村公式ホームページ
電車・バスで JR・あいの風とやま鉄道富山駅から富山地鉄バス呉羽老人センター行きで富山市民俗民芸村下車、徒歩すぐ。または、JR富山駅からタクシーで10分
ドライブで 北陸自動車道富山IC、または、富山西ICから約8km
駐車場 105台/無料
問い合わせ 富山市民俗民芸村考古資料館 TEL:076-433-8634/FAX:076-433-8634
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

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