富山市民俗民芸村 売薬資料館

富山市民俗民芸村売薬資料館

富山県富山市安養坊、呉羽山の麓に文化施設を集約した富山市民俗民芸村。そのなかのひとつ、富山市民俗民芸村売薬資料館は、国の重要有形民俗文化財に指定された「富山売薬」関係の資料を保存・活用するためのミュージアム。貴重な売薬関係の資料を展示しています。

「富山売薬」の歴史、行商の方法を学ぶ

富山市民俗民芸村売薬資料館の館内には、五段重ねの柳行李(やなぎごうり)などの行商の用具や、手作業で薬をつくった時代の製薬に使われた道具、売薬版画や紙風船など行商時の土産品などを展示しています。
柳行李には、最上段に懸場帳(かけばちょう)、算盤(そろばん)、財布などを入れ、2段目には紙風船などの土産品、3段目には回収してきた古薬を、4段目と5段目がこれから販売(配置)する薬を入れていました(5段目は高貴薬)。
懸場帳(かけばちょう)には、担当した区域の「お客様情報」(家族構成、販売した日時と配置薬の種類、必要な薬などの情報)が詳細に記されていました。

富山の売薬は、配置薬というシステムで、まず各家庭を訪ね、薬を先に預けて使用してもらいます。次に訪れた時に、使用した分だけの薬代を支払ってもらうシステム。

別館の旧密田家土蔵は富山市荒町にあった江戸時代中期に建てられた密田家土蔵を移築したもの。
密田家は富山を代表する売薬商家で、売薬業とともに北前船の船主でもあり、蝦夷地(北海道)・松前から昆布を薩摩(鹿児島)・琉球(沖縄)へ、逆に薩摩からは薬の原料を仕入れ、越中国(富山県)内でも指折りの豪商へと発展しました。
別館の旧密田家土蔵では、「目の薬」などの企画展も随時開催されています。

ちなみに富山の売薬は、原料の納入(当初は北前船を使った琉球経由の中国漢方薬原料の納入)、製品化、行商人の組織化、「先用後利」の行商販売・顧客管理までの一貫したシステムです。
江戸時代の富山売薬は、富山藩の統制下に置かれ、藩は売薬を保護する代償として御役金をかけ、藩の財政を補っていました。

明治時代になると、基幹産業として発展した売薬から金融機関(富山第百二十三国立銀行)や水力発電など他の業界への転身が許されるようになり、富山県の発展に寄与しています。
明治9年、富山町の中田清兵衛(なかたせいべえ)ら5人が願い出て設立した廣貫堂など、製薬会社も誕生。
初代の社長には旧富山藩士で、反魂丹役所(はんごんたんやくしょ)の勘定方だった邨沢盛哉(むらさわせいさい)が就任しています。
富山市梅沢町には「広貫堂資料館」、また富山市新庄町には江戸末期から4代に渡り薬種商を営んできた旧家を再生した「薬種商の館金岡邸」があるので、時間が許せば合わせて見学を。

売薬行商人「仲間組示談」

江戸時代、富山の売薬行商人は、薬以外のものを扱うこと、旅先から商品を仕入れてくること、旅先に居住することなども厳しく禁じられていました。
さらに仲間同士で「仲間組示談」を取り決めていました。

一.御公儀の法度(はっと=禁制)を守ること
一.旅先地の慣習を尊重すること
一.決まった場所以外でみだりに行商しないこと
一.薬種は吟味して仕入れること
一.仲間の取り決めた値段より安売りしないこと
一.仲間同士の重置(かさねおき=すでに先行した行商人がいる家庭に、重ねての販売)はしないこと
一.仲間宿(定宿)以外に身勝手に宿を取らないこと
一.旅先で仲間が病気になったときは助け合うこと
一.旅宿で酒宴や女遊びはしないこと

富山市民俗民芸村 売薬資料館
名称 富山市民俗民芸村 売薬資料館/とやましみんぞくみんげいむら ばいやくしりょうかん
所在地 富山県富山市安養坊980
関連HP 富山市民俗民芸村公式ホームページ
電車・バスで JR・あいの風とやま鉄道富山駅から富山地鉄バス呉羽老人センター行きで富山市民俗民芸村下車、徒歩すぐ。または、JR富山駅からタクシーで10分
ドライブで 北陸自動車道富山IC、または、富山西ICから約8km
駐車場 105台/無料
問い合わせ 富山市民俗民芸村 売薬資料館 TEL:076-433-2866/FAX:076-433-2866
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

廣貫堂資料館

富山は藩政時代から「越中売薬」が有名で、現在の配置家庭薬というスタイルを築きました。廣貫堂は、明治9年に薬売りの共同出資により設立され、和漢薬を中心に製造する配置薬の老舗。廣貫堂資料館は富山の薬売りの歴史と製造工程を紹介する博物館で、懸場帳

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富山市民俗民芸村 民俗資料館

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富山市民俗民芸村 陶芸館

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