山口県萩市の沖合44.3kmに浮かぶ見島の南東部に位置する大規模な古墳群が、見島ジーコンボ古墳群。海岸に沿って長さ300m、幅50m〜100mの範囲に積石塚(つみいしづか)スタイルで200基の古墳が残され(7世紀後半〜10世紀初め頃の築造の群集墳)、国の史跡になっています。
新羅を睨んだ国境警備の俘囚集団の墓所
墓の上を盛り土ではなく自然石で厚く覆った墓が積石塚。
ジーコンボは土地の言葉で爺(じいこう)、婆(ばあこう)のことで、祖先を意味する言葉だと推測されています。
墓の内部の構造も、竪穴式石室、横穴式石室、箱式石棺の3通りあり、築かれた時代、エリアによって異なっています。
墓の数が多いこと、武器類、装身具類、銅銭、土器類などから、当時の朝鮮半島にあった新羅(しらぎ)の侵入に備えて(律令制の設立とともに8世紀には新羅に朝貢を強要)、見島に駐留していた武人の集団であったと推測されています。
岩手県に多数存在する蝦夷塚(えぞづか)と呼ばれる積石塚にも似ていることから、9世紀の軍政改革に基づく長門国俘囚集団の遺したもの(東北を朝廷の勢力圏に置く際に、軍事活動の末、降服した蝦夷勢力を強制的に移住させ、俘囚として扱いました)。
56号墳からは、岩手県の蝦夷の積石塚にも見られる蕨手万(わらびてとう=騎馬戦術に長けた蝦夷が使う馬上で使う刀)が出土し、蕨手万副葬は「蝦夷の勇者」の証だったとも推測されています。
見島・本村港へは、菊ヶ浜商港から萩海運の高速船「ゆりや」で1時間10分。
見島ジーコンボ古墳群 | |
名称 | 見島ジーコンボ古墳群/みしまじーこんぼこふんぐん |
所在地 | 山口県萩市見島 |
関連HP | 萩市観光協会公式ホームページ |
電車・バスで | 本村港から徒歩10分 |
問い合わせ | 萩市教育委員会 TEL:0838-25-3131 |
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