姫路城・塩櫓
中世、近世に築かれた日本の城にとって、籠城対策として、日常の生活に重要なことは水と塩の確保。城内には井戸が掘られ、塩櫓が築かれました。その両方を兼ね備えたのが姫路城の塩櫓です。連続する「ハの渡櫓」と「二の渡櫓」(ともに一…
中世、近世に築かれた日本の城にとって、籠城対策として、日常の生活に重要なことは水と塩の確保。城内には井戸が掘られ、塩櫓が築かれました。その両方を兼ね備えたのが姫路城の塩櫓です。連続する「ハの渡櫓」と「二の渡櫓」(ともに一…
姫路城本丸の天守台の北側に続く帯状の北腰曲輪(きたこしくるわ)の北側に続く櫓群の西端に位置するのがイの櫓。イ・ロ・ハ・ニ・ヘの渡櫓とホの櫓が連結する櫓群の西側を守備する櫓で、慶長年間の築と推測されるため国の重要文化財に指…
北腰曲輪の塩櫓同様に、櫓の中に井戸を構えるという珍しい櫓が井戸櫓(井郭櫓)。井郭櫓(いのくるわやぐら)とも通称されていますが、井戸曲輪にはないため、井戸櫓が正しい呼び名。備前門の近くに位置し、備前丸に居館を構えた池田氏の…
お菊の亡霊が井戸で夜な夜な「一枚、二枚・・・」と皿を数えるという怪談の舞台ともいわれるのが姫路城・上山里にあるお菊井戸。釣瓶取井戸(つるべとりいど)が正式名ですが、現在では「お菊井」という石柱まで配されています。ところが…
姫路城の本丸を守る搦手側の曲輪が井戸曲輪。その井戸曲輪に建つのが帯郭櫓(おびくるわやぐら)で、帯の櫓横から下った場所にあります。二重二階の櫓は、慶長年間の築と推測され、国の重要文化財となっています。腹切丸という名もありま…
播磨姫路藩初代藩主となった本多忠政(ほんだただまさ)が、嫡男・本多忠刻(ほんだただとき)と千姫のために居館となる武蔵野御殿を築き、西の丸に、千姫の自由になる建物を設けたのが化粧櫓。徳川家から輿入れ時に賜った化粧料で造った…
姫路城の上山里丸の大手側の出入口にあたるのが「ぬの門」。反対側(搦手側)には「りの門」が構えていますが、「ぬの門」は、姫路城随一の堅固な防御を誇る門で、「ぬの門」から上山里丸、帯曲輪を経由して本丸に至る登城ルート(下道=…
姫路城の帯曲輪(おびくるわ)と上山里丸を結ぶ場所に建つ脇戸付高麗門が「りの門」。解体修理中に軒天井板の裏面に慶長4年という墨書が発見され、姫路城内で唯一、池田輝政時代以前に建てられたことが判明しており、国の重要文化財に指…
備前丸の入口にあるので備前門と通称されていますが、江戸時代の正式名称は東入口門。築城当初、池田家が城主だった時代には備前丸に城主の居館(本丸御殿)があったことから、備前丸防備の要として機能した門です。居館のなかでも御台所…
姫路城の搦手(裏口)側の登城ルートと、備前丸からの登城道とをつなぐ位置にある小さな門が「ちの門」。横には番所があり、井郭櫓が聳えています。番所には、常時警護の武士が詰め、搦手からの出入りを監視していました。慶長年間築の二…
姫路城の搦手(からめて=裏側)の最後を守る門が「との一門」。切妻造りの楼門で、延長20mに及ぶ「との一門東方土塀」とともに国の重要文化財に指定。「との一門」は、木の地肌を活かした素木造り(しらきづくり)の門で、近世城郭以…
姫路城の連立天守群の建つ天守台の北西、乾小天守(いぬいこてんしゅ/乾=北西)北側の石垣に「姥が石」(うばがいし)と通称される伝説の石があります。築城の際の転用石にまつわるエピソードですが、実は後世の創作という疑いも大で・…
水一門(水の一門)に続いて連続して登場するのが水二門(水の二門)。水一門と同じ簡素な棟門で、違いといえば水一門が片開きなのに対し、水二門は両開きという点。水二門は慶長年間の築で国の重要文化財に指定。
姫路城の天守台を守るのが水の門。その最初の門が水一門(水の一門)で、「ほの門」をくぐった時に立ちふさがる巨大な油壁の陰に隠された一間棟門(いっけんむねもん)が水一門(水の一門)です。少しUターンするような構造で、さらに下…
姫路城「ほの門」をくぐった先にあるのが油壁。山土に豆砂利を加え、餅米の研ぎ汁や粥(かゆ)などで練り合わせた土を仮枠の中で叩き締めて築いたものと説明されていますが、実際には菜種油などを混ぜ込んでいる可能性も大です。工法から…
菱の門から始まった二の丸の最奥の位置にあるのが乾曲輪(いぬいくるわ)です。堅固な門の「はの門」をくぐると、さらに隅櫓式櫓門の「にの門」が待ち構えています。江戸時代初期の慶長年間築の門が残され、国の重要文化財に指定されてい…
姫路城の登城ルートで、高麗門の「ろの門」をくぐると、国の重要文化財に指定の櫓門「はの門」へと続く長い坂道となります。「はの門」は坂の上にあり、坂の下から見あげると、正面に天守閣が見え、敵に天守閣がすぐそこだと錯覚するよう…
菱の門、「いの門」を突破すると、その先にあるのが「いの門」と同様の高麗門である「ろの門」。江戸時代初め、慶長年間築の脇戸付高麗門がそのままに現存し、国の重要文化財に指定されています。美しい高麗門連続で防備が甘いかといえば…