孫太夫山古墳
大阪府堺市堺区の大仙公園内にある5世紀前半(古墳時代中期)築造の帆立貝形古墳が、孫太夫山古墳(まごだゆうやまこふん)。大仙陵古墳(仁徳天皇陵)の陪塚(ばいちょう=親族、臣下を埋葬した古墳)とされ、百舌鳥古墳群を構成する古…
大阪府堺市堺区の大仙公園内にある5世紀前半(古墳時代中期)築造の帆立貝形古墳が、孫太夫山古墳(まごだゆうやまこふん)。大仙陵古墳(仁徳天皇陵)の陪塚(ばいちょう=親族、臣下を埋葬した古墳)とされ、百舌鳥古墳群を構成する古…
天守が新幹線駅舎に最も近い福山城(福山市)、毛利氏の本拠地・郡山城(安芸高田市)、広島城(広島市)が日本100名城に選定、小早川隆景ゆかりの新高山城(にいたかやまじょう)、小早川水軍の本拠地となった三原城が続日本100名…
長良川の中流域、岐阜県美濃市立花にあるレンガ造りの水路式発電所が、長良川発電所。明治43年、名古屋電燈によって建設された歴史あるもので、名古屋市の発展を支えた貴重な産業遺産。レンガ造り2階建ての本館などの発電施設が、国の…
岐阜県美濃市の美濃市美濃町伝統的建造物群保存地区にある古い商家を再生した史料館が、旧今井家住宅・美濃史料館。「うだつの上がる町並み」として有名な美濃町を代表する商家(美濃和紙の和紙問屋)が今井家で、代々兵四郎を襲名し、江…
岐阜県美濃市泉町、長良川に臨む小倉山の山上に建つ平山城が、小倉山城。慶長10年(1605年)、飛騨高山藩主・金森長近(かなもりながちか)が、養子の金森可重(かなもりありしげ)に高山城を譲って、隠居の城として築いた城。現在…
熊本県球磨郡錦町、くま川鉄道が球磨川を渡る球磨川第四橋梁近くの阿蘇溶結凝灰岩の崖に掘られた横穴墓群が、京ガ峰横穴群(きょうがみねよこあなぐん)。熊本県を中心に数多い装飾古墳のひとつで、1号墓の入口周囲には、靭(ゆぎ=矢を…
熊本県玉名市にある6世紀末〜7世紀前半に築造された円墳が、永安寺東古墳(えいあんじひがしこふん)。菊池川右岸の玉名平野をのぞむ丘陵の先端に2基の円墳が築かれ、隣接して永安寺西古墳があります。永安寺東古墳は装飾古墳で、石室…
石川県加賀市勅使町法皇山にある横穴墓が、法皇山横穴古墳(ほうおうざんよこあなこふん)。法皇山塊の凝灰岩を掘削して築かれた6世紀後半〜7世紀末(古墳時代末〜飛鳥時代)の横穴墓で、79基が現存。未開口を含めると300基ほどと…
兵庫県明石市明石公園、明石藩の藩庁だった明石城に現存する藩政時代の櫓のひとつが、巽櫓(たつみやぐら)。本丸東南端に、巽の方角に築かれた櫓というのが名の由来です。巽櫓、代用天守の坤櫓(ひつじさるやぐら)は日本に12基しか現…
兵庫県明石市明石公園、明石藩の藩庁だった明石城に現存する藩政時代の櫓のひとつが、坤櫓(ひつじさるやぐら)。明石城の本丸には天守を構えず、本丸御殿があっただけで、代用天守的な性格を有した三重櫓が、本丸未申の角(南西端)に築…
愛知県半田市中村町1丁目、ミツカンミュージアムの北側にある豪商の建物群が、小栗家住宅(おぐりけじゅうたく)。明治3年築という豪商・小栗家の店舗兼住宅(旧萬三商店事務所)など明治時代前期、大正時代築の12棟が国の重要文化財…
愛知県岡崎市伝馬通1丁目、岡崎公園(岡崎城跡)の東、旧東海道(岡崎二十七曲がり)・総門通り沿いに建つレトロな洋館が、岡崎信用金庫資料館。大正6年、岡崎銀行本店として建てられたルネサンス様式の建物で、レンガと御影石を使った…
愛知県豊田市平戸橋町(豊田市民芸館)、明治時代に名古屋で開催された博覧会の貴賓館として建造された洋館と伝わるのが、旧井上家住宅西洋館。井上家(井上徳三郎)は名古屋の両替商で、蓄えた財で西加茂郡猿投村(現・豊田市井上町)に…
愛知県岡崎市、東公園の西端にあるのが、旧本多忠次邸。旧岡崎藩主・本多家(本多忠勝系)の末裔にあたる本多忠次が、昭和7年、東京・世田谷に建てた邸宅(洋館)と壁泉(へきせん)の一部を移築復原したもの。館内には当時の家具、ステ…
広島県三原市本郷町にある小早川氏の本拠となった山城が、新高山城(にいたかやまじょう)。小早川氏の居城としては、沼田川(ぬたがわ)の対岸に高山城がありましたが、12歳で当主となった小早川隆景(こばやかわたかかげ)は、天文2…
天守が現存し、国宝に指定される松江城(松江市)を筆頭に、月山富田城(がっさんとだじょう/安来市)、津和野城(津和野町)の3城が日本100名城に選定、さらに藩政時代に浜田藩の藩庁が置かれた浜田城(浜田市)が続日本100名城…
大分県由布市湯布院町川西にある昭和53年まで診療所として実際に使われていた病院建築を再生した資料館が、旧日野医院。日野家は、江戸時代中期から代々続く医家。建物は、本館、病棟、離れからなり、国の重要文化財として指定され、近…
ヤマト王権の大王墓(だいおうぼ)とされる、あるいはその可能性のある古墳は、奈良県と大阪府に22基。最大の大仙陵古墳は、宮内庁が仁徳天皇の陵に治定していますが、被葬者は今も謎。22基の大王墓を年代順に並べてみると、時代的な…