富士山本宮浅間大社 楼門
世界遺産「富士山‐信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産の富士山本宮浅間大社。徳川家康造営の社殿が残されていますが楼門もそのひとつ。2階建て入母屋造り(いりもやづくり)で、正面と両脇に扉が付いています。さらに楼門の左右には慶…
世界遺産「富士山‐信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産の富士山本宮浅間大社。徳川家康造営の社殿が残されていますが楼門もそのひとつ。2階建て入母屋造り(いりもやづくり)で、正面と両脇に扉が付いています。さらに楼門の左右には慶…
世界遺産「富士山‐信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産になっている、富士山信仰の中心、富士山本宮浅間大社。本殿へと続く拝殿・幣殿は、本殿同様に駿府隠居の前年の慶長9年(1604年)、徳川家康が造営したもの。本殿と拝殿をつな…
慶長9年(1604年)、徳川家康が関ヶ原合戦の戦勝のお礼、徳川幕府の安泰を祈願して造営した社殿のひとつが本殿。「浅間造り」(せんげんづくり)という浅間大社独自の造りで、2階建ての楼閣造りになっています。1階は5間4面葺卸…
表富士側にある富士登山道富士宮口・三島口の標高2380m地点にあり、マイカーで登れる日本最高所が富士山スカイライン五合目。富士山周遊道路の二合目から富士山スカイライン(静岡県道152号富士公園太郎坊線)13.0kmを使い…
富士山頂火口の北側、富士登山道の吉田口・須走口の山頂に鎮座するのが久須志神社(くすしじんじゃ)。富士宮の富士山本宮浅間大社の奥宮です。火口南側の富士宮口山頂にある奥宮と対をなす存在で、山頂到達後はお鉢めぐりが習わしとなっ…
富士宮口山頂に鎮座するのが富士山頂上浅間大社奥宮。富士宮にある富士山本宮浅間大社の奥宮です。富士講全盛の神仏習合の時代から富士山の八合目より上部は神域でしたが、明治初年の廃仏毀釈後は仏教的な色彩が一掃され(山の名からも失…
富士山の正式な山頂は最高点の剣ヶ峰(3776m)ですが、それ以外にも山頂火口(大内院)を取り囲む剣ヶ峰を含める8つのピークの八神峰があり、さらに各登山口の山頂も「〇〇口山頂」と称しています。富士山スカイラインの終点から登…
日本の最高峰、富士山の最高地点が標高3776mの剣ヶ峰。かつてはレーダードームがあり、新幹線の車窓などからも視認できましたが、現在は富士山特別地域気象観測所が設置されています。
南海電鉄浜寺公園駅は、明治30年10月1日の開業(開業当初は浜寺駅)ですが明治40年6月に東京駅を設計したことで知られる辰野金吾が所属の辰野・片岡建築事務所に依頼して新駅舎を建築。「近畿の駅百選」に選定、国の登録文化財に…
東京都国立市の甲州街道沿いに建つ古社、谷保天満宮(やぼてんまんぐう)。社伝によれば903年(延喜3年)、菅原道真の三男・菅原道武(すがわらみちたけ)が創建したといい、「野暮天」(やぼてん)という言葉の由来になったともいわ…
東京都台東区の上野公園、不忍池近くに鎮座する神社。主祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)ですが、菅原道真が祀られていることから天満宮にもなっていて、中世から五條天神と呼ばれていました。社…
猪苗代リゾートスキー場のゴンドラリフトがグリーンシーズンにも磐梯山ロープウェイとして運転。ゴールデンウィーク、夏休み、紅葉シーズンには毎日運転されますが、他の期間は土・日曜、祝日だけなので事前に運転日の確認を。ロープウェ…
【2020年6月15日廃業】 「天鏡湖」と呼ばれる猪苗代湖。桧原湖でも観光船を運航する磐梯観光船の猪苗代湖遊覧船は、猪苗代町の長浜から出航。翁島めぐり(所要35分)は毎日運航しています。注目は船のスタイル。白鳥型の「はく…
長浜、天神浜と並んで猪苗代湖の三大湖水浴場のひとつが猪苗代町の志田浜。湖水浴場が開設されるのが7月上旬~8月中旬。磐梯山を眺める絶景の湖水浴場になっています。冬季は白鳥も飛来。「レイクサイド磐光」で食事も可能。夏はキャン…
社伝によれば、天暦2年(948年)、近江国(現・滋賀県)・比良宮(ひらのみや)の禰宜(ねぎ)・神良種(みわのよしたね)が創建したと伝える古社。神良種は、その子・太郎丸に神託があったことから天暦元年(947年)に北野天満宮…
猪苗代湖(いなわしろこ)は、淡水湖としては日本第3位の大きさ。磐梯朝日国立公園の中心となり自然探勝やキャンプ、釣りなどが楽しめます。不凍湖で、冬は白鳥の飛来地ともなることでも有名。天神浜は、志田浜、長浜、天神浜という猪苗…
天喜3年(1055年)、源頼義の勧請と伝えられる古社が福島県喜多方市の新宮熊野神社。寝殿造りの主殿の形式(藤原時代の貴族の住宅建築)を色濃く残した長床(ながとこ/国の重要文化財)で知られる社ですが、境内には樹齢800年と…
新宮熊野神社は福島県喜多方市にある東北の熊野信仰の隆盛を今に伝える古社。天喜3年(1055年)、前九年の役(奥州十二年合戦)の際に鎮守府将軍・源頼義(みなもとのよりよし)が安倍軍鎮圧の際に、熊野権現を勧請して創建した古社…