「ムーミン」と呼ばれた機関車を、知っていますか?

電気機関車(EL)、ディーゼル機関車(DL)は一般的に箱型ですが、なかにはユニークな形状をした機関車も。その代表格が「ムーミン」という愛称のあるEF55形式電気機関車。国鉄(現・JRグループ)の前身、鉄道省が昭和11年に製造した直流形の機関車で、わずか3両しか製造されなかった「幻の機関車」です。

当時の花形特急「燕」、「富士」を牽引

EF55の2号機

昭和11年、日立製作所、日本車輌製造・東洋電機、川崎車輛で各1両ずつ製造されたという、不思議な電気機関車で、当初は東海道本線の沼津機関区に配置され、当時の花形特急である「燕」(東京〜神戸)、「富士」(東京~下関/最後尾には一等展望車を連結)の牽引を担いました。

とくに「燕」は様々な工夫で、特急「富士」と比べて東京〜神戸で所要を2時間20分も短縮、「超特急」と称された花形。
スピードを出すために、EF55形式電気機関車には、当時世界的にブームだった流線型を採用しています。
金属同士の接合にはリベットやボルトを用いるのが一般的な時代に、流線型の美しさを保つために、当時としては最新技術の電気溶接(日本初の電気溶接は大正9年、三菱長崎造船所の「諏訪丸」建造時)を取り入れています。

鉄道博物館で「ムーミン」に会おう!

「ムーミン」と呼ばれるようになったのは、廃車後の昭和60年に開催された機関車展示会で話題となったことを受け、昭和61年、大宮工場で整備して車籍を復活したのがきっかけ。
高崎運転所に配備され、上越線・高崎〜水上を走る「EL&SL奥利根号」、「EF55奥利根号」で運用され、そのスタイルから「ムーミン」と呼ばれるように。

平成21年1月18日にさよなら運転が行なわれ、平成27年4月12日〜、埼玉県さいたま市の鉄道博物館で保存展示されています。

ちなみに、量産を目論み、3社で製造しながら結果として3両のみとなったのは、当時の「超特急」は、最高速度95km/hで、流線型のメリットがさほどないこと、流線型にした運転部は片側なので、蒸気機関車と同様に終点では転車台(ターンテーブル)が必要となるというデメリットがあったから。
しかも先頭部分にスカートを履いていたため、保守にも手間取ることで、量産化は断念となりました。

逆にいえば、それは開発当初から明らかだったことなので、当時、鉄道利用者の減少もあって、花形特急を牽引する魅力的な機関車の出現が必要だったのです。

戦前、そして戦後と2度も晴れ舞台を経験した「ムーミン」は、1号機が今でも鉄道博物館で人気を集めています。

この角度で見るとムーミン度も満点(鉄道博物館に展示の1号機)
「ムーミン」と呼ばれた機関車を、知っていますか?
名称 鉄道博物館/てつどうはくぶつかん
所在地 埼玉県さいたま市大宮区大成町3-47
関連HP 鉄道博物館公式ホームページ
電車・バスで ニューシャトル(埼玉新都市交通)鉄道博物館駅から徒歩1分
ドライブで 首都高速埼玉新都心線新都心西口から約4km
駐車場 291台/有料
問い合わせ 鉄道博物館 TEL:048-651-0088
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
EF55

「ムーミン」に会いに鉄道博物館へ行こう!

鉄道ファンから「ムーミン」と呼ばれる電気機関車があるのをご存知だろうか。それが埼玉県さいたま市の鉄道博物館に静態保存される国鉄EF55形電気機関車。鉄道博物館に保存されるのはEF55 1で、昭和11年の製造。当時は流線型がブームだったため、

鉄道博物館

鉄道博物館

埼玉県さいたま市大宮区、ニューシャトル鉄道博物館駅近くに建つのが、「てっぱく」の愛称で呼ばれる鉄道博物館。東日本鉄道文化財団が設立した鉄道のミュージアム。全体の約半分のスペースを占める「車両ステーション」では明治時代初期から現代まで鉄道技術

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