歩いて知る富士山噴火の歴史(1) スバルライン5合目・小御岳火山が富士山のルーツ

小御嶽神社

山梨県道路公社の管理する富士スバルライン。終点5合目は、富士山の弾丸登山の起点として話題の場所ですが、実は火山としての富士山のルーツを知ることのできる希少な場所。小御嶽神社(こみたけじんじゃ)が祀られる少し台地状となった場所は、70万年前~20万年前に火山活動を繰り広げた小御岳火山の山頂部です。

標高2400mの小御岳火山が富士山のルーツ!

小御嶽神社

美しい成層火山として世界的にも名高い富士山ですが、大まかに小御岳火山(70万年前~20万年前)、古富士火山(10万年前~)、新富士火山(5000年前~)という歴史に区分できます。

富士山のルーツともいえるのが小御岳火山で、70万年前ほど前から、現在の富士山の位置で火山活動が始まり、次第に成長を遂げていきます。
当時の火山体は、この小御岳火山と、静岡県・沼津側の愛鷹火山(あしたかかざん)のふたつでした。
愛鷹山は40万年前から噴火を始め、10万年前頃に噴火を終えた古い火山で、もともとは富士山のような大きな山体(成層火山)でしたが、浸食の進んだ現在は山脈のようになっているのです。

小御岳山も火山活動が終焉すれば、愛鷹山のような状態になったはずですが、小御岳火山がしばらく休止し、浸食が少し進んだ10万年前から富士山一帯は新たな火山活動の時期に入ります。
古富士火山と呼ばれる火山活動は、爆発的な噴火が特徴で、大量のスコリア、火山灰や溶岩を噴出し、ついには標高3000mにも達する巨大な火山へと成長します。

その成長過程で、小御岳火山を包み込み、火山の頭部のみが富士スバルラインの5合目に突き出しているのです。

ここに祀られる冨士山小御嶽神社は、社殿は近代的ですが、承平7年(937年)に鎮座という歴史ある社で、神仏習合の中世以降は富士山小御嶽石尊大権現が祀られ山岳信仰の聖地ともなった場所です。
富士山中宮とも称され、富士登拝、お中道巡りなどの富士講信者は、この社に参籠していました。

森林限界にあたるこの一帯は「天狗の庭」とされ、神々の眷属(けんぞく)が天狗ということから、小御嶽古太郎坊正真という名の天狗が道開きの神様、富士山の守護神となっています。

御嶽(みたけ)とは、修験者が吉野山・金峰山(修験道の祖、役小角が開山)を呼ぶ名前。
その後、修験者が全国の聖なる山に付けた名で、富士山が御嶽、その母体が小御嶽ということになります。

どうして古の人たちが、ここを聖地と考えたのかは定かでありません。
数十万年も前のことを知っていたはずもなく、天狗の庭的な景観、そして富士山を遥拝できる森林限界という立地からとも推測できますが、修験者たちは、この土地になんらかのエネルギーを感じ取ったのかもしれません。

富士スバルライン5合目から6合目(富士山安全指導センター)に向かう途中、泉ヶ滝が懸かっていますが、ここに露出するのが小御岳火山の安山岩。
富士スバルライン5合目が目的の人も、ぜひ泉ヶ滝まで足を伸ばして、太古の富士山の岩を見学していきましょう(泉ヶ滝はスバルライン五合目と吉田口五合目の分岐です)。
家族連れなら、自由研究にも最適です。

小御岳山
河口湖からの富士山。小御岳山部分は尾根状のふくらみが!
歩いて知る富士山噴火の歴史(1) スバルライン5合目・小御岳火山が富士山のルーツ
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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