確実に誤解を生む! まさかの天守閣(9)岸和田城|大阪府

大阪の城というと大阪城(大坂城)を思い浮かべますが、岸和田城も見逃せない名城。日本100名城は惜しくも逃したものの、続日本100名城ではその筆頭的な存在です。江戸時代には岸和田藩の藩庁で、江戸時代後期まで立派な天守がそびえていましたが、現在の模擬天守とは少し様相を異にするのです。

もともとは5層の天守がそびえていた

正保城絵図には5層の天守が描かれています

羽柴秀吉の紀州征伐の拠点となった岸和田城。
四国などからの京へと通じる交通の要衝で、紀州方面に睨みを効かせるのは絶好の地ということで、ここを織田信長も根来衆(ねごろしゅう=根来寺の僧兵軍団)、雑賀衆(さいかしゅう=雑賀荘の地侍で鉄砲で武装)対策で拠点とし、攻防戦を展開しています。

紀州討伐後、権力を掌握した豊臣秀吉は、小出秀政(こいでひでまさ=秀吉の叔父/叔母の婿)を城主とし、慶長2年(1597年)、天守が完成しています。
慶長19年(1614年)の大坂冬の陣では松平信吉(まつだいらのぶよし=江戸時代には譜代大名を輩出した松平氏の庶流・藤井松平家3代当主)が城主を務め、大坂城に睨みを効かせていました。

豊臣家滅亡後は譜代大名が藩主となったことから、徳川御三家の和歌山藩を監視したともいわれていますが、定かでありません。

幕府に提出された正保城絵図(『泉州岸和田城図』)には5層の天守が描かれているので、小出秀政が築いた天守は5層の立派なものだったと推測できます。
その豪壮な天守は、文政10年(1827年)、落雷で焼失。
その後、3層の天守と2層の小天守を再建する計画が幕府に届けられていますが、実現することなく明治維新を迎えています。

現在の模擬天守は昭和29年築で、3層に縮小!

入場料を払って最上階へ!

現在の模擬天守は、戦後、岸和田市民の熱意と旧城主の子孫・岡部氏の要望などから昭和29年に再建されたもの。
戦後の「復興天守」のひとつですが、市民の寄付など総工費3460万円で完成した3層3階の建物。
当初は図書館として利用されていたので、観光目的の模擬天守ではありません。

岸和田市は、岸和田城が令和11年に再建75周年を迎えることに向け、岸和田城リニューアルプロジェクトを展開。
クラウドファンディング、ふるさと納税などでその資金を集めています。

市民の熱意と寄付で築かれた模擬天守を、もう一度蘇らそうというもので、岡部氏13代が統治した岸和田藩のシンボルとしてさらに活用しようという考えです。

現在でも岸和田城ウエディングなどを展開しているので、さらなる活用方法は大いに期待が持てます。

ただし、往時の天守は5層で、現在の模擬天守よりも10mも高かったと推測できます。
昭和29年の時点で、市民の熱意と資金は、10m分、2層分足りなかったといえば酷な話ですが、歴史的な考証のない図書館としての建設なので、「復興天守」とは言い難いものがあるのです。

岸和田城は石垣などが現存しているので、訪れる価値は十分にありますが(天守からは岸和田城庭園・八陣の庭を眼下にできます)、実際の天守は、さらに壮大だったことをイメージしての登城を、ぜひ(岸和田藩は5万3000石でしたが、城の規模は30万石級の大藩の城に匹敵するほどの豪壮さだったことを実感しましょう)。

岸和田城庭園「八陣の庭」を眼下に
確実に誤解を生む! まさかの天守閣(9)岸和田城|大阪府
名称 岸和田城/きしわだじょう
所在地 大阪府岸和田市岸城町9-1
関連HP 岸和田市公式ホームページ
電車・バスで 南海本線蛸地蔵駅から徒歩7分、岸和田駅から徒歩13分
ドライブで 阪神高速4号湾岸線岸和田南出口から約1.8km
駐車場 岸和田市役所第4駐車場(1時間まで無料、以降有料)
問い合わせ 岸和田城 TEL:072-431-3251/FAX:072-431-9706
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
岸和田城

岸和田城

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