雄島

雄島

宮城県松島町、松島観光の中心となる松島海岸のすぐ南にある小島の雄島(おしま)は、瑞巌寺の寺領で、全島が幽玄な雰囲気の漂う霊場。中世の松島は「奥州の高野」と称されたと死者供養の霊場でもあったため雄島の周囲には数多くの岩窟が掘られ、僧侶が修行していました。芭蕉がわざわざ訪れたことでも有名です。

『奥の細道』途中で芭蕉も立ち寄った霊場

中世から有名だった雄島は歌枕の地でもあり、「立ち返りまたも来て見ん松島や雄島のとまや浪にあらすな」(藤原俊成、『新古今和歌集』)、「心ある雄島のあまの袂かな目やどれとはぬれぬものから」(女流歌人・後鳥羽院宮内卿、『新古今和歌集』)と詠まれています。

雄島には、かつて煩悩(ぼんのう)の数と同じ108の岩窟があったとされますが、崩落などが進み現存するのは50ほどになっています。

長治元年(1104年)、伯耆国(現・鳥取県)から雄島に渡った見仏上人は、京にもその名が轟く高僧だったため、鳥羽上皇から松の苗木1000本が贈られ、雄島は千松島と通称されるように。
それが松島の名の由来となったともいわれています(松島の由来については諸説あります)。

磨崖仏(まがいぶつ)や祠、石碑などが島内の至るところにあり、西側の海岸では七色の山彦が聞こえるとも。
また、雄島に建つ六角形をした鞘堂には、中世日本三古碑、奥州三古碑のひとつに数えられる頼賢(らいけん)の碑が納められています。
頼賢の碑は、徳治2年(1307年)に瑞巌寺塔頭の妙覚庵主・頼賢の弟子達が、師の徳を讃え建立したもの。
国の重要文化財にも指定されています。

『奥の細道』途中、芭蕉も参詣

雄島

芭蕉は『奥の細道』途中の元禄2年5月9日(1689年6月25日)、塩釜から船で松島に上陸し、瑞巌寺を参詣後、雄島を訪問。
同行の曾良『曾良旅日記』に「雄島が磯は地つゞきて海に出たる島也。雲居禅師の別室の跡、坐禅石など有。」とかなり詳細に記されています。

ちなみに雲居禅師は伊達正宗没後の寛永13年(1636年)に瑞巌寺第99代となった名僧・雲居希膺(うんごきよう)のこと。
伊達忠宗の招請で、松島寺(瑞巌寺)を再興し、雄島に禅庵「把不住軒」(はふじゅうけん=雲居希膺の号)を営み、座禅を組みました。

名称 雄島/おしま
所在地 宮城県宮城郡松島町松島海岸
関連HP 松島町観光協会公式ホームページ
電車・バスで JR仙石線松島海岸駅から徒歩10分
ドライブで 三陸自動車道松島海岸ICから約2.8km
駐車場 松島公園第1・第3・第4・第5駐車場(399台/有料)
問い合わせ 松島町観光協会 TEL:022-354-2618/FAX:022-354-6196
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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